2012年01月27日

いよいよ、再開。

約半年ぶりの営業を目前にして
今日は、けっこう動きましたよ。
予報を見ると雪マークが繋がってますから、
薪作りに危機感を持ちながら励みました。
あと、掃除。
それから、ピザのトッピングに使う
ルッコラペースト作り。
去年はバジルペーストでしたが、
今年はののの出産のバタバタでバジルペーストを作れなかったので
畑にあったルッコラをペーストに。

たっぷり200グラムのルッコラを刻んで、
ニンニク、松のみ、塩とオリーブ油を「がががががーっと」。

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ハイ、出来上がり。
このままパスタにかけても美味しそう。

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いよいよ、『チーナカ豆』営業再開です。
半年近くブランクがありますから、どうなりますか。
体がどんな風に『チーナカ豆』の営業を覚えてるんでしょうね。
・・・・楽しみ。
といっても、それほど忙しい店だった記憶もないので、
やることをやりながら坦々と、やるわけです。
じたばたしたところで、知れておりますから。
とにかく薪は、この三日間を乗りきるには
十分な量を確保しているので、
気前良く燃やせるから安心だし。
あとは、このブログを書いたら、ピザ生地を捏ねる。
それで、眠れます。

明日の状況は今のところ、
松江のKさんとそのお友だちの7人の予約が入ってます。
それだけです。まだまだ、席に余裕はありますようー。


ついこないだ、久しぶりに会った人から
顔を見るや否や、開口一番「太りました?」でした。
ま、なんとなく、「そうだよ」という自覚はあったので
ショックを受けたということでもないのですけれど。
それでも、ちょっとは、気にしてましたから、
『チーナカ豆』の再開で、元の、わりと締まった身体に
戻ることを期待しています。


年末に餅つきに誘われました。
同じ仁摩町の大国に福島から島根へ移り住んだ家族が居られるんですよ。
いずれも小さな子どもがいる、二組の若いご家族です。
3・11が起きた次の日、出る決心をしたんだそうです。
何処へと当てが在ったわけじゃなく、何処かということで
一時は沖縄まで行かれたそうですが、
何故か、島根県の、それも大田が気になったんだそうで、
役所を訪ねてみたところ、タイミング良く
今の住居が見つかったんだそうです。
共通の知人がいたことから、クリスマス会
そして、餅つきと誘われ参加しました。




今日も、覗きに来ていただき、ありがとうございます。
ではでは、お待ちしております。


posted by 豆 at 23:58| 島根 晴れ| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

『チーナカ豆』営業再開のお知らせ。

予報通りですね。さっき薪を取りに外に出ましたけど、
2センチくらいかな、雪で白くなってました。
見るからに寒そう。っていうか、寒かった。
ここまで冷え込むと、流石に、ガンガン焚かないと
あったまりませんけれど、
こんな時間に、ひとりで起きているので、
薪ストーブにできるだけ近づき、コートを着込み、
このブログを書いてます。
宅野でこのくらいなんですから
山のほうでは、深々と降り続けてるんでしょうね。

寒中お見舞い申し上げます。


さて、ののの誕生によって二ヶ月は仕方ない
と産休に入りましたが、
ののの心臓疾患により、そのまま引き続き育休に突入、
結局、五ヶ月間ににも及んでしまいましたが、
いよいよ、今月の28日より
『チーナカ豆』の再開に漕ぎつけましたので、
お知らせ致します。

よりによって、こんな寒い日が続きそうなときにと思いますが
ま、仕方ありません。こうなったらガンガン
石窯も薪ストーブも焚いてやろうと思います。


再開、最初の週は石窯ピザです。
実はチーズを変えました。
長野にチーズ・乳製品の輸入卸「諏訪角商店」が在るのですが、
実は古い友人がそこで勤めているので、
一昨年の暮れ、長野のイエルカさんのトコロヘ薪ストーブを
取りに行ったとき久しぶりに会って
いろいろと相談に乗ってもらっていた訳です。
ちょびっと、割高なんですけれどね、
「スワカク」オリジナルで添加物の入っていないチーズを
使うことにしました。
今まで使っていたチーズでも、十分、
美味しいと、いって頂いていたのですけれど、
さらに、ステップアップしたいと思いました。

ではでは、ののにも会いに来てくださいね。
お待ちしております。

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おにいちゃんも元気にしております。

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いやー、5時過ぎましたね。・・・・冷え込んでます。
では、今日もありがとうございます。
少しでも、眠ります。・・・・おやすみなさい。

追伸:
考えてみると、あと二日、三日ですね。
もしよろしければ、身近な人に『チーナカ豆』の再開、
教えていただけないいでしょうか。
長く休みましたから。・・・・忘れられているかもしれません。
よろしくお願いします。


posted by 豆 at 05:07| 島根 曇り| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

遅ればせながら、どんどるまより新年の挨拶とお礼とです。

大変遅くなりましたが、新年、明けましておめでとうございます。
今年も早、20日が過ぎようとしていますね。
世の中に何が起きようと、太陽は昇っては沈み、一日は過ぎていくもので。
昨年は、本当に本当に、大変なことが起こりました。
終わりは見えそうにありません。
それでも、私もですが、多くの人の意識が変わって来ているように思います。
少しずつ始まっているように思います。


一方、東北から距離的には遠くに位置する『チーナカ豆』。
ここでも昨年は(も)予想外の展開がありました。
そうです、「のの」の誕生。
身内事ですみませんが、とても嬉しく幸せなことでした。
…が、まさか心臓に疾患を持って生まれてくるとは!
いろいろと大変でしたが、今のところ大きな問題はなく、マイペースに順調に育ってくれています。
ブログ上でもたくさんの応援のコメントをいただき、ありがとうございました。
本当に励まされました。
ののが無事に退院できたのは、
のの自身の頑張りとユージンの笑顔、
前向きな父親、
協力してくれた両親と親戚、
話を聞いてくれた友達、
そして皆さんの励ましの声があったからです。
心から、お礼申し上げます。


さて、皆さんにお会いできるのが楽しみです。
ありがたいことに、「お店の再開は?」との声をいただきます。
今月最終週から再開する予定です。
どうぞ、薪ストーブで暖まりに来てください。


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今日は久々に仕事ができました。
お隣のおばあちゃんからの注文です。
お孫さんにお土産を、ということです。
薪ストーブで焼いた黒豆のパウンドケーキ、柚子たっぷりのシフォンケーキと素朴なクッキーたちです。
ありがとうございました。





posted by 豆 at 15:30| 島根 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

「余談‥‥」のつづきです

31年前、24才だったぼくは、
なんていうか、人の命の呆気なさみたいなものにも
ショックを受けたに違いないですけれど、
コジマさんが亡くなられたことで、
人のふんどしでもって、相撲を取れるつもりに
なっていた自分に気付かされ、ふんどしが外れた
在るがままの、たよりなげな
自分の姿に溜め息をつきながらも
未熟者は未熟ものなりに、
落ちたふんどしを、今度は自分の手でもう一度
しっかりと、締めなおさなければならなかった、と。

もう随分と古いことですし、どんなふうだったか
詳細には、思い浮かべることができませんけれど
ま、状況が状況、ことがことですから、
若いぼくは、けっこうパニックになった筈です。
コジマさん絡みの問屋さんの仕事は結局無くなり
辞めるのを辞めるという選択もあったはずでが、
そうしませんでした。
思うに、どんなあてもなかったと思うんです。
確かなあてもかった筈なんですけれど、
思うに僕というものは、けっこうな楽天家です。
何とかなるだろうと、そのまま、
産まれてくるはずの息子共々
小さな船を浮かべ
あてがない航海へ
出かけたというわけであります。

31年前のぼくは、自分を引き受けられる
方法としての「ひとりで」を選んだ。
それは「‥‥より苦しくない」はずの方法として。
31年後のぼくは、自分を引き受ける
方法としての「みんなで」を選びたい。
きっと「‥‥より楽しい」はずの方法として。

‥‥余談でした。


去年、秋も深まった頃、宅野の文化祭で
みどり保育園の園児による(ユージンも入ってます)踊りの披露がありました。
「石見銀山音頭」。
ユージンなども可なりの熱の入れようで、
その日が来るまで、毎日のように家でも練習に余念ありませんでした。
本番の日は「石見銀山音頭」と振り付けを教えていただいた
二人の先生が所用で見ることが出来なかったのですが、
後日、園で子ども達の頑張った成果を見てもらうことが出来ました。




毎日、寒いですねぇ。
寒いと、凄く、眠くなります。

もう一度、ちゃんとお知らせ致しますが、何が何でも今月最後の週、
28日から、お店を再開するべく腹をくくりました。
今日も、お立ち寄り頂き、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:31| 島根 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

余談ですけれど

あてが在ったわけでもないのに、
いま考えても、あの時の自分が、なぜにどうして
「独立」できると考えたのか
が、55才になっている、いまのぼくには
思い出せないというか、考えても分からないというか。
若い(馬鹿い)ということだったんでしょうか。
「あてが在ったわけでもないのに」と書きましたけど
実は、あてのようなものがあった瞬間もありました。
辞表を出す一年くらい前ですけど、「コジマ」さんという図案家と知り合い
週一で絵を教えてもらうようになりました。
(考えてみると、あの頃のコジマさん、いまのぼくと同じくらいの歳だ)
で、当時のぼくが23才で、ま、親子くらいの歳の開きが
ありましたけれど、なんとなく気が合って飲み友達にもなり
いろいろ話すうちに、いっそのこと、一緒にやろうか
みたいな流れに、話が転がっていった訳です。

なので、はじめはコジマさんと二人で工房をたちあげる
ということで、話は進みました。
ここでコジマさんの話を始めると長くなりすぎるので
ま、かい摘むみますけれど。
図案家として、とても力のあった人です。
それは実際に絵を習いましたから良く分ります。
描けないものがないという人でした。
なので、仕事も沢山入り京都で図案家として、
勢いのあった時期もあったそうですが、
交通事故で片足を無くされてからいろいろあり
ぼくと出会ったころは、窮屈そうな貸家で一人暮らしをされてました。
いろんな話も聞けて楽しくて、通ってるうちに
「一緒にやりましょうよ」となった訳です。
仕事も、コジマさんがやる気になられたんならということで、
コジマさんつながりの問屋さんから
結構な量の仕事も出してもらえることになってました。
なので、当座は困らない、ということだった訳どす。

ところが、そのコジマさんが亡くなられたんですよ。
それはもう、ほんとうに、驚きました。
そんなことが起きるのか、このタイミングで。・・・・と。
辞表は出してましたしね。住んでたアパートの大家からは
染をするんなら出てくれといわれ、他の貸家をあたったところ
やはり、染をするならお断りという返事。
京都ですよ。石を投げたら染に関わっているか
関わっている身内がいる人にアタルといわれる京都でです。
ま、もしかしたら京都だったからかもしれませんけれど。
考えもしませんでしたが、仕方なく、
小さくて古い家を山科で見つけ、頭金でほぼ蓄えも消えたところ。
しかも、最初の息子、(神戸にいる藍)がお腹の中にいことが発覚。
結婚など生涯するものかと考えてましたが、
口ほどにもなく、ま、独り身ではありませんでした。
・・・・ところにです。

余談の筈でしたが、まだまだ、終わりそうにないので
ここでいったん更新しようと思います。
今日も読みに来ていただいて、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:58| 島根 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

最初の仕事

神戸にいたころ、ですけれど、
19才もあとわずかでお仕舞いというときに
自由に使ってよいことになっていたアパートの一室で、
ちょっと、唐突かもしれませんが
「瀕死」を擬似的体験した経験があります。

そのことについて、書きだすと、
ぼくの文章能力では日付が変わり朝になったところで、
なんとか更新、或いは更新を諦めてふてくされ
寝てしまうかということになりそうなので、やめて。
ただ、もしかしたら二十にはなれないかもしれない
という息苦しい時間の裂け目に落ち込んだような体験から
「とにかく、自分ぐらいは自分で食わせるということをしよう」
という、あまりにもあたりまえの考えを掴むことができたぼくは
その「瀕死」から生還した、と書いておきます。

そして、最初に来た仕事を、とにかく
どんな仕事であろうとやる決意をしたところへ
やってきた仕事が、染色の仕事でした。
染色と聞いて、具体的になにかピンと来るということも
ありませんでしたが、最初に来た仕事を「やる」と
決めていたぼくは、二十になった、
春3月、京都へ向う電車に乗りました。

ぼくにとって、仕事ととの出会いはそんなふうでした。
「自分ぐらいは自分で食わせるということをする」
なので、何でもよかったわけです。
たまたま、染色だったということでした。


さて、ブログを随分とサボったせいで、
画像が溜まっています。

「小春ちゃん」が亡くなって、建物が取り壊され
今では、跡形も無くなりましたが、色んなものを頂きました。
例えば、瓦。家の屋根と同じ、昔、宅野で焼かれていた瓦で、
新しいものはもう作られていないので、貴重品です。
雨漏り修繕用に程度のよいものを百枚ほど頂きました。

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これなどは、建築材としてまだまだ現役で使えそうな
座板、根太、大引きなど、根こそぎ頂きました。

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他にもいろいろ頂けたんですけれど、
たとえばこれは井戸のポンプ、家の井戸のポンプは壊れていたので
バケツで直接井戸から汲みだすというふうにしていたんですが、
カランなども頂けたので、さっそく取り付け、とても便利になりました。

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こんなものまで。買うとなると、けっこうな金額になります。
なんといっても銅ですからね。
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建築材として使えそうのもの意外は、刻んでストーブの薪に。
けっこうな量なので、これでこの冬の薪は安心かと思いきや。
すでにこのときに作った薪は燃やしきりました。
一体、ひと冬どのくらいの薪を燃やすことになるのか。
この冬分の薪は、別ルートで確保してるので
いちよは、安心なのですけれどね。

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懐かしいでしょ。岡本太郎の「太陽の塔」。
1970年の万国博覧会(エキスポ70)、中二でした。

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立派な囲碁の盤と碁石のセットです。こんなものまで頂きました。
備品としておきますので碁の好きな方はどうぞ。

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古いガラス。

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これも、座るところを張り替えて木を磨けば
きっと、変身しますよね。

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二階の座板でしたが、煤で黒光りしてます。
これらの材料も『チーナカ豆』の改装に使ってます。
お互いが生き返るんです。・・・素敵ですね。

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おやすみなさい。
今日も、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:59| 島根 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

気落ちせずに

三日坊主にもなりませんでした。
実は、密かにですけど毎日更新を、決意してました。
ゆるくですけれど。ゆるめだったのが良くなかったですかね。
やはり、寝る前の絵本の読み聞かせが鬼門です。
昨夜は、ユージンにもいい聞かせていたんです。
「今日中に、ブログを更新するんだから3冊だけだよ。
あとからもう一冊、もう一冊は無いからな。」と。
ユージンも納得してくれて、本を選び読み始める。
短いと、「短すぎ!」とかいって、さも納得できない。
というふうに本を追加してくるので、
そこそこの長さのものを3冊読むと、結構、時間も過ぎるし
疲れてきて、こっちだって眠くなってるんです。
同じ姿勢で布団の上で横になって読むというのも、
いけないのかもしれないですけれどね。
読み終わると、フッと一息、横になったまま
目を閉じたりしてしまうんです。
昨夜はそんな父親の姿を見てユージンまでもが、
「ブログ書くんでしょぅ。・・・・いいの?」と
心配そうに声を掛けてきたんですが、
「ああ、そうだよ。でもちょっと・・・・」。
次の瞬間、目を開けたときには日付は変わっておりました。
やっぱり、禁煙と同じくらいの決意で望まなければなりませんな。
仕切り、直しです。

正月は、オセチなども作らずで、
たいして正月らしいこともしないので
せめてもと、元旦にユージンと凧揚げしました。
コマも回したりと、ま、いちよやることは
やったよね!って気持ちになりました。

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そうだ、去年の暮れ丹波篠山の大塚まさじさんから「黒豆」をて送って頂いたので、
薪ストーブの上でコトコト煮込みました。
薪ストーブで料理するとだいたい美味しく出来るんですけれどね。
来年は、黒豆の煮物の注文を取っても良いんじゃないかと
思えるほどのできばえでした。
ま、元もとの「豆」が、良いんでしょうね。

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こういうものも、最近は薪ストーブでやってます。
何ででしょうね。ホットプレートで作るよりも、断然、美味しいんです。
火の当たり方なんでしょうかね。

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さて、おはようございます。
今日も一日、良い日になりますよう。
覗いてくれて、ありがとうございまぁす。


posted by 豆 at 06:59| 島根 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

「『チーナカ豆』株式会社」

「いつか」は『チーナカ豆』を「『チーナカ豆』株式会社」に
できるといいなぁ。そんな想いを口にしても
いまどうにもならないから、とりあえず、閉じ込めておいて
その日、一日、しなければならないことに
身体を没頭させる。何かしら手掛かりが視えてくるまで。
実は、八雲で『チーナカ豆』を始めるための準備をしながら
「いずれは」と考えていたことです。

なるべく、違う職業経験のある人がいいんですけれど、
とりあえずは、三、四人。或いは六、七人。
ま、もっと多くても、いいんですけどね。
で、とにかく、まずは生活できないといけませんから、
みんなで、自分が出来ることや、やってみたいこと
やれそうなことなどのアイデアを出し合うんですよ。
いろいろでたアイデアを、ま、みんなで「ころがし」ながら、
実現できるものから順に、みんなでよってたかって、「やる」。
まずは、みんなが生活できるということを目指してね。

会社を立ち上げるというときの、一般的なイメージとは
ちょっと違うかもしれませんけどね。
いま一人で、あれこれ考えてるんですけど、
・・・・、結構、楽しいんですね。

明日は、もう少し具体的に書けるよう踏ん張ってみます。
・・・・禁煙も続いてます。


えーと、リクエストにお応えして、「のの」と「ユージン」情報です。

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ののが、生後4ヶ月に差し掛かった頃、
突然、母乳を直飲みし始めました。
なにがなんなんだか、そうなってみるとあっけないもんです。
「乳頭混乱」と言う言葉があることをののによって知ったんですけれど、
これについては家の人がいま詳しく書いてるそうなので、
懲りすぎて書き潰してしまわなければ、
いずれつかいうちにこのブログで読めると思います。
いずれにしましても、メデタシです。
傍目でも、大変な苦労でしたから。
絞って飲ませて、飲ませて絞って。
依って、我家からこの光景がなくなりました。
家の人の苦労を別にすれば、これはこれで、
なんだか温かい光景ではありました。

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それともう一つ、「おしゃぶり」。
ののにとっては「泣く」という行為も
体力を消耗させ、体重減に繋がるということで、
入院中からこの「おしゃぶり」を愛用していたんですけれど
歯並びも心配だし、他にもいろいろ考えることもあり
止めさせることにしました。ま、「ニコチン中毒」と
いう訳ではないので一日でかたが付きました。
ののは、哺乳瓶もおしゃぶりも卒業しました。・・・・が。

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これは、決して「やらせ」じゃないんですよ。
僕のために言っておきますが。
昔の「おしゃぶり」で「しゃぶ」ってます。
一人卒業したかと思いきや、
一人、入信したようです。

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今日も、ありがとうございます。
ではでは、おやすみなさい。


posted by 豆 at 23:53| 島根 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

2012年です

おめでとうございます。
今年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。


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「豆」一家、無事、年越しできております。
ただ、デリカはひらめさんのところで預かってもらいぱなしです。
この場を借りて、ひらめさん一家へ「ありがとうございます」。

本当であれば、お店を休んでいる分、毎日でも
ブログの更新をしなければいけませんでしたが、
そんなふうにはできませんでした。
そんなことで、今年は、去年の反省からはじまります。

さて、お店の再開ですが、
今月、一月の中ごろの週を念頭にしつつ
想いをめぐらしているところです。
思いもよらず休業が長引きましたので、
兵糧が尽きる前に動き出さねばならいでしょ。

ただ、ののが生まれて状況が変わりました。
今までのように、うちの人と二人でとはいかなくなりましたので
この期に及んでも、どうしたらよいか考えています。
どうしたものでしょうね。

あぁ、朝六時の鐘が聞こえてきた。
まだ外は暗いですけれどね。
でも冬至は過ぎたので、毎日少しずつ、
気づかないくらいに、明るくなっているんでしょうね。
そんなふうに『チーナカ豆』も変化していくかもしれません。
ま、ちょっと、困った分
ちょっと、チャンスかもしれませんし。
明日につづきます。

覗きに来てくれてありがとうございます。
これからも、よろしくお付き合い下さい。ませ。


posted by 豆 at 06:09| 島根 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

解体。

間が空くと、書き出しの言葉がなかなか決まらない。
いろいろ浮かびはするものの、どれもピンとこないの
で、時間ばかりが過ぎてしまう。
そして、眠くなってしまうんですよ。
その繰り返しです。可なり、馬鹿っぽい状態。
何日も出来事や思いを溜め込んでしまうと、
言葉が鬱血するんでしょうか。
はやり、毎日その日その時の出来事や思いを
小出しにしていくのが書き続けられる秘訣なんでしょうね。
あれやこれや考えながら寝てしまうよりも
とにかく、更新するということを、します。

今年は、東日本大震災というとてつもないことが起きましたけれど、
我家の身の上や身の回りでも大きな出来事が起きた年であります。
勿論、ののの誕生というのも大きなことですが、
もう一つ、こちらも『チーナカ豆』を囲む環境に大きな変化をもたらしました。
ブログにも書きましたが、2月にお向かいの「小春ちゃん」が亡くなり、
「小春ちゃん」亡き後の建物が解かれ、
土地を地主さんへ返されることになっていたんですが、
11月のある日、いよいよその日がやって来ました。

母屋の部分が建ったのが明治よりも前ということですから、
最低でも、150年は過ぎている勘定です。
右手のガレージ部分はその昔、鶏小屋だったそうです。
中庭には大きなイチジクの木があって、子供の頃その幹から枝を蔦って
屋根に上がったものだと、「小春ちゃん」の息子さんが話してました。
まあ、少なくとも150年分の記憶がこの建物には刻まれている訳です。
そして、跡形もなくなるんですね。

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いよいよ、その日の朝が始まった。

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カタカタと重機が動き出し・・・・

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瞬く間に・・・・

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そして、少年は・・・・

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・・・・。

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ここまでは、二、三日というところでした。

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始まってから、一週間でまっ平らに・・・・
敷地は凡そ140坪。

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玄関を背に。見通しも風通しも良くななったということですか。

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反対側からの眺めですけれど、うちも見通されることになり。
もう少し、きれいにしないといけませんね。

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実は、新しく出来たこの空き地を、うちで管理することになりました。
管理といっても、草刈とかですが、隅のほうで畑をしたり、
車の駐車も良いとのことです。ありがたいですね。
ただ、そう出来るためには、土を入れたりなど、
ちょっとした造成をしなければなりませんが。
ま、急がず、来年の暖かくなるころろ目指してやりたいと思います。

もう一つ、建物を取り壊すにあたって、
使えそうで、欲しいものがあれば外してよいとの許可が出て、
思わず案外の材料が手に入りました。
材料が手に入ってしまったので、またまた
改造というか改良というか、改装工事が始まってしまいました。
主に建具などですが、以前をご存知の方が見られたら、
驚くほどの変化を遂げつつあります。
次回の更新では、そのあたりのことを・・・・。

なかなか、更新がつづかなくて、ごめんなさい。
にも拘らず、来ていただいてほんとうに、ありがたいです。


posted by 豆 at 05:10| 島根 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする