2009年11月22日

歩幅のぶんだけ

このところ、夕食後寝てしまう
という、パターンが一般的になってきてます。
そのまま朝まで、ということも多々あって。
時に、夜中に眼が覚めるということもあります。
きょうは、後者のパターンです。

いま、何をすべきか。
に、気持ちを集中するようにしています。
棟梁が来ているときには、
棟梁が、何をしようとしているのか。
に、集中します。

作業を手伝うのは、勿論ですけども、
足回りを片付けたり、
次の作業の下準備など、
なるべく、スムーズに仕事が流れるよう。
それがぼくの、やらねばならないことと心得ます。

棟梁が来ない日には。
やはり、次の作業の下準備と、後片付け。
・・延々とです。
延々と、片づけはあります。
最初の、どっからどうすりゃいいんだ!
という状態を、ふりかえると、
随分と、見た目にも、整ってきています。
日進月歩。

毎日、自分の歩幅の分しか
進めるわけではないですが、
それ以外の方法が、いまのぼくらにはないですから。
無理せず、毎日、コツコツと。
あと、何歩、歩かなければならないか。
しかも、歩ききったところから、
また、歩きださなければならない。・・のよね。

おおぅ。
それが、生きるということ。・・なんだろうねぇ。
ひっじょーに、きびしぃーっ!
だから、なるべく、
楽しく、仲よく、あったかく。
折角の人生だから、それが、
よろしいぃーじゃ、あぁーりませんか。

デリカが戻ってきました?
実は、行方不明だったんです。
風の強い日に、戸が外れて、
出奔しておりました。
町内の、とてもやさしい、動物の大好きな
おばあさんと幸せに暮らしておりました。

そして、デリカが戻ってきた夜。
大阪に住む、姉からの電話で、
長く患っていた兄が、静かに逝ったと知らされました。
享年、66歳でした。
葬式は亡くなるまえの兄の希望で、
教会でとりおこない、
来春、姉と宅野の海に
骨の一部を、投げ入れることになりました。

自由にならない言葉と体で、
何年も寝たきりで、
兄はいったい、どんなこと考えてたかなぁ。
そんなことを、ぼんやりと、ぼくは考えてしまいます。
宅野の海は、生まれ育った対馬の海と繋がっているから。
人は、やはり、帰りたくなるのかなぁ。

ぼくも、そうだもんな。
だからいま、宅野にいるわけです。
友人からのメールに、
こんなことが書いてありました。

「僕も兄を早くに亡くしましたが、その分残されたものは楽しく長い人生送りましょう。」

そうだよねぇ。
生きているものは、そうしなきゃね。
posted by チーナカ豆 at 03:06| 島根 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

石畳

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雨も嫌いじゃないのですが、
晴れると、気持ちがいいですね。
それに、やはり作業の能率も上がります。
土日、棟梁がこられなかったので、
掃除と片付けなどしました。
それと、石敷き。

駐車場の石敷きに続き、
今度は、裏庭です。
とにかく、石があります。
ときどき、覗きに来る人たちから、
「なんでこんなに、石があるや!」
と聞かれますけども、
僕に聞かれても・・です。

とにかくあるんですから。・・。
考えてみると、その辺に「ある」ものを、使うというのが、
八雲『チーナカ豆』時代からのやり方でした。
しかし、これだけ石があるという状況は、
実は、ありがたいことかもしれません。
結構、骨の折れる作業ではありますが、
石畳が完成すれば、それはそれで、
新しい、宅野『チーナカ豆』の
表情の一つになってくれるでしょうから。

写真の裏庭には、真ん中にドデ〜ンと
石で囲った花壇?のようなものがあります。
一瞬、そのまま石を足して、
ロックガーデンに、とも考えましたが、
ちょっと、勿体ないスペースなんですよ。
平らなら、季節のよい時期には、
ガーデンテラスというのも、
ブチ、よろしいでしょう。

それに、真ん中にこんなものがあると、
窮屈だし、動きにくい。
なので、棟梁がお休みなのをよいことに、
また、はじめてしまいました。
途中、見にきたうちの人も、
随分と手際が良くなったなどと申しております。
まんざらでもなくですが、

もう直、屋根に上がらなければならなく
なるので、腰をいたわりつつです。
明日は、棟梁が来られるはずで、
そうなると、中断せざる終えません。
この続きはいつになるか?
ま、合間、合間でやりますが、
完成したら、画像をお見せしたいですね。

新しい厨房で使う、オーブンレンジや流し台など
そろそろ、準備しなければなりません。
予算的に中古でもと、ヤフオクなどで見てみたのですが、
プロパンとなると、玉不足で
希望のものが、見つけられそうにないんですね。
そこで、「シェルブール」オーナーの三原シェフに
相談したところ、メーカーを紹介していただき、

目途がつきました。
ただ、新品になるので予算オーバーします。
ただ、三原さんの口利きのお陰で、
可なり安く、購入出きることになりました。
レストランとしては、メインの道具なわけですし、
ケアなどのことを考えると、
この際ということになりました。
まだ、発注はしていないのですが、
購入する製品も、ほぼ決定しております。
三原さん、ありがとうございました。
これからも、いろいろ、よろしくです。

明日の天気は、くもり。
明後日からは、雨マークが出てます。
このところ、晴れ間がつづかなくて、風も強いですし、
ちょっと、気になるところです。
ただ、もうすぐ、心強い助っ人が
登場する予定です。
ないしょ・・ですが。
posted by チーナカ豆 at 23:22| 島根 曇り| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

まぁ〜、順調。

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屋根の修繕に取り掛かるための
下準備が、ほぼ、終わった。
95パーセント位。・・かなぁ。
明日、残りの5パーセントが終われば、
やっとだなー。
週間予報を見ると、傘のマークの日が多い。

当然なのだが、雨が降ると屋根には上れない。
危険ですからね。
いちよ、もしものときには、
労災を使えるようには、してるんですけどもね。
なんとか、11月中には、終わると
いいんですけど。・・やね。

ご近所のひと、曰く。。
「梁に惚れたら、いかんよぉー・・」
一見、ロマンが感じられるような、
古くて立派な建物には、絶妙な言葉です。
なんかこの言い回し、いろんな場面に
置き換えできそうな・・ ・・。
そういう気持ちになったときには、要注意。
まず、深呼吸でもして、一拍でも二拍でも置くべきかもです。
ま、覚悟は後からでも、できてくるもんだけど。

作業の続きですが、結局、表側は、
柱4本、土台二箇所を交換。
取り掛かったときには、
どうなるのかと思いましたが、
玄関側の表情が、しゃきっとしましたね。
なんか、ヨレヨレだったのが、
ぼろでも、洗いざらし!って感じです。

十代の頃、一人暮らしをするようになって、
久しぶりに現れた息子を見て、
お袋がいってた言葉を、思い出しました。
ぼろでも、破れててもいいから、
洗濯したものを着ろ・・。
それからのぼくは、洗いざらしの心地良さを
結構、意識して楽しむようになったんですけど、
まあ、そんな感じの気持ちのよさです。

とにかく、表側がひと段落ついて。
おお、いいじゃないか。
順調だぁ。
なんとかなりそう。・・と。
ところが、裏の方がもっと重症だった。
シロアリさんが、おりました。
いろいろ噂には聞いてましたが、
現物を見るのは、初めてでしたね。

屋根をささえている桁も、表よりも下がっていて、
ちょっと、「おおごと」になって仕舞いました。
なんせ、屋根が乗っかって組み込まれた
土台や柱、大床、框なんかを
抜き取ったり、切り取ったりしながら
新しいものと交換していくわけですからね。
パズルみたいですよ。結構、頭も使います。

さすが棟梁。見事でした。
ぼくも、手伝いながら良い経験になりましたしね。
家の人が、なんか、あってるかも。
鬼村さんに弟子入りして、大工さんになったらぁ。
などと、いいます。
まぁ、それも悪くないかなぁ。
その案、取っておこう。

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posted by チーナカ豆 at 02:01| 島根 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

喫茶MG

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「喫茶MG40周年パーティーでの、あっちゃん。
涙もろくなったという目が、少しはれぼったい。


松江城の近く、西茶町に在る
「喫茶MG」が40周年を迎えました。
40年、一つ場所に在りつづけた
だけのことなのかもしれない?
40年間、一つ場所に在りつづける
ということが、どういうことなのか、
ほんとうのところ、ぼくにはわからない。
なぜなら、経験したことのないことだから。

ひとが一つの選択をするとき、
その択んだことのなかには、
いくつもの小箱が隠されていて、
時を経るごとに、一つ一つ
その封印がとかれていき、
自分の択んだことを、
深く深く、知ることになる。

そしてそれは、ひとのこころのなかで
覚悟のようなものへと、
なっていくのではないだろうか。
40年前、喫茶店をやりたいという思いを、
行動に移したとき、
あっちゃんの、その選択のなかには
自動的に、在りつづけるという在りかたが
埋め込まれていたのだ。

それは、容易なことではない。
他に40年つづいた喫茶店を探せば
じきに察しがつくだろう。
たとえば、中高生だったものが、
社会人になり、結婚、そして、子に恵まれる。
さらには、その子どもが成人し、子をもうける。
そんな時間の長さのことなのだ。

勿論、40年という歳月を
在りつづけられるためには、
様々なひとびとの助けがあったはずだ。
けれど、そのひとびとにとっても、
「喫茶MG」という場所と
「あっちゃん」という存在が
拠りどころでもあったに違いないのだ。

きっと、「在りつづける」ためには、
受け入れ難いことも、受け入れなければならない。
どんなことがあっても
あらぶらず、磨耗せず、よわらず。
「よわらない」という在りかた。
それを40年という歳月のなかで、
あっちゃんは、手に入れたのかもしれない。
だから、容易なことではないのだ。

人生にはもう一つの選択肢がある。
「うごく」という在りかただ。
たとえばそれを「旅」と
いいかえてもよいのかもしれない。
ひとは旅の途中、在りつづける場所に
立寄り、しばし腰を下ろす。
そんなとき、ふたつの在りかたは出会う。

無数の旅がもたらされる。
すると、在りつづけるという
在りかたのなかに、旅が生まれる。
すると、ふたつは、もはや、
別のものではなく、同じものの
別な在りかたなのではないか。・・と思えてくる。
きっと、人が生きていくためには、
そのふたつともが必要なのだ。

40周年を記念するコンサートは、
地元や遠方から、「喫茶MG」に縁があるということから
普段では、余り考えられないような
顔ぶれのミュージシャンが
大勢集まり、5時間半に及んだ。
素晴らしいものだったが、
会場は撮影が禁止だったため画像がない。

ただ、参加ミュージシャンの一人であった、
中川イサトさんが、そのブログで紹介されているので、
是非とも、ご覧になるとよいでしょう。
あっちゃんの、在りつづけるという旅は
更に続くことになります。
5年後の45周年。
きっと、2014年のあっちゃんから、
2009年のあっちゃんへ「がんばれー」と
エネルギーを送っているはずです。

翌日、しばしの別れを惜しみつつ、
大塚まさじさんの唄の旅に同行しました。
大塚さんにとって、大森は3年振り。
そうか、時に、旅する人に同行する
という旅もあります。
いろんな旅があります。
みんな旅人。・・ヴォンボヤージュ。


喫茶MG40周年記念の11月7日に、
「在りつづける」という旅を、はじめた者がいます。
実は、神戸、三宮に住む藍(息子)なんです。
息子にとっての在りつづけるという旅は、
始まったばかりです。
親として。あるいは、同じ旅仲間として、も。
応援したいと思います。

後日、詳しいことが解かれば、
このブログでも紹介したいと思いますが、
とりあえず、店の名前と連絡先を。。
三宮方面に行かれる際は、是非とも寄ってやってください。
「KOBE Bar&Restrant Voice」
電話は078-251-8511
よろしくお願いいたします。
posted by チーナカ豆 at 08:26| 島根 雨| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

厨房部分の解体

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11月にはいって、1・2・3と天気悪かったっすね。
寒くて、冬がすぐそこに来てるって、
ほんと、思い知らされました。
この3日間、棟梁はお休みでしたが、
わたくし、セッセと働いておりましたです。
海辺特有なんでしょうか、二日間は、
こりゃ台風じゃないかと思うような風が
吹き荒れておりましたが、
山側は、そうでもなかったようです。

3日は、大森の神社のお祭りで、
子ども神楽があるのと、福引の券をもらったので、
棟梁に誘われ、それじゃぁことわれんなと、
午後から大森へ行ってきました。
もう一つ、神楽のあとで大森住民に混ざって、
写真に撮られたんですけどね。
これは、毎年取られていて次の年の
カレンダーになるそうなんです。

写真に写った人にはカレンダーが
渡されるそうで、通りすがりの観光客でもオッケイです。
来年もし都合が合えば如何ですか?
「毎年写ったら、毎年カレンダー貰えるぞ!」
「え!そりゃあいいですね、ひっひ!」
棟梁とぼくの会話でした。

さて、画像は厨房になる部分の部屋を解体したものです。
この部屋の屋根部分は谷になっていて、
雨が降ると傷んだ瓦から水が回って、
壁をつたい流れ込んでいたようで、
床をはがすと、湿ったかび臭い匂いが鼻をつきました。
柱も傷んで屋根の重さをうけ沈んでいるので、
こちらもジャッキで持ち上げ、
補正する必要があるようです。

実は、作業が解かりやすいようにと、
動画まで取ったんですけどね。
見直してみると、自分の喋りが、
あんまりにもつまらないので、没にしました。
難しいですよね。
だれか、記録撮ってくれるひと、いないかなぁ。

あしたから天気も回復して、
気温も戻るようですから、作業も進むでしょう。
来年4月、『チーナカ豆』を再開できるよう、
がんばろーっと。


没にした動画の変わりに・・



posted by チーナカ豆 at 04:06| 島根 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

芯があると踏んばれる

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シロアリにやられた柱なんですけれど。
大きな桁や屋根の重みでくの字にまがっております。
怖いでしょ!・・これでよく持ち堪えているな・・と。
松なんですけどね。芯がかろうじて残っているのですね。
やはり芯が在るかないかということは、大きいようですよ。
下の土台も松なんですが、これは、まだ大丈夫です。

棟梁曰く、「ぼろくた」。
所謂、「肥え松」のことらしいです。
棟梁の大森もそうらしいんですが、こちらの地方では、
この肥え松が土台に使われることが多かったそうです。
なぜぼろくたというかと聞いたら、
他の部分では使えないということでした。
ヤニが凄いんですよ。

そのため、シロアリもよう食えんそうです。
「こいつぁ、食えんなぁ」というわけです。
じゃ、立派に使い道がありますね。
はは、そげじゃのう!・・と棟梁。
それでも、条件によっては限界もあるようで、
二ヶ所ほど土台も取り替えることにしました。

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まず、右側の2本の柱から。
桁をジャッキアップして沈み込んだ分を戻す。
いやぁ、重かったですよ。
支柱に使った丸太がシナって折れるかと思いました。
本当は柱一本そっくり変えたいところです。
それができるなら、そうしたいのですが、
そのためには、壁から屋根から解体しなければならない。

そこで、傷んでだめな部分を切り落とし、
その部分を新しい材料で継ぐわけです。
これがなかなか、大変な作業です。
あん馬にのせてやりやすい体勢でというわけではないので、
2本継ぐのに、暗くなるまで掛かりました。
でも腕のいい大工さんの仕事を、まじかでみれて勉強になりましたね。
材料は土台も柱も檜です。

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いやぁふたりとも、クタクタになりました。
この日は、ここまでです。
翌日は、棟梁のよく知っている大工さんの
息子さんがなくなられたそうで、
そちらへ行かれることになりました。
車の事故で、まだ二十歳だったそうです。

何かで、20代の免許を取り消せば、
交通事故死の三分の二位は無くなると聞きました。
二十歳で、これからが楽しみっていうときに、
死なれたら、親は、たまらんぞー!
お若い人たち。・・親を大切に。
posted by チーナカ豆 at 03:26| 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

いよいよって感じです

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たまに、雨が落ちてきたりしますけども、
天気の良い日がつづいております。
もう、10月も終わろうとしているっていうのに、
日中は、陽射しが眩しく、
動いていると汗ばむような陽気です。
どうなのかな?
松江方面と比べて、2度くらい違うのかもしれない。
ありがたいことではあります。

さて、こうやって、足場が掛かると、
いよいよだなあ、という思いになってきます。
これまでは、ほぼひとりで、こつこつと、
やってきたわけであります・・が。
いろんな職人のかたが参入してまいります。
一番のメインキャストとなるは
棟梁の鬼村さんです。
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石見銀山がある大森町の、鬼村工務店の社長さん。
といっても、ひとり社長さんです。(劇団一人みたいですが)
まあ、だいたいそんなもんです。
小回りがきいて、ゆうずがきいて。
古い家のことを熟知していて、
大森の、古民家再生のほとんどを、
この、鬼村さんが、手がけておられるわけであります。

まずは、屋根の修繕ということになるわけですが、
その前に、やらなければならないことがある。
ということが、判明いたしたしだいでございあす。
前面の廊下側の、柱のほとんどが、
シロアリにやられていて、床が傾いて
惨めな姿を晒しているのでありました。

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四寸柱4本と土台。
あと、シロアリにやられている材を、
がっつり、取り替えることになりましたね。
壁板などを剥がすたびに、
見えなかった部分が、見えてくるわけですが、
結構、傷んでおります。
どこまで、やるかですが。
お金の問題も出てくるわけですしね。
幾らでも、というわけにはいきゃぁしゃぁ〜せんので・・ね。

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実際に計測してみたところ、
全体に1寸ちょい、沈み込んでおります。
向かって一番左の柱は、まともなので、
ただ、基礎がヘタって、1寸2分ほど沈んでいるため、
これをジャッキアップして、基準にし、
横一線を揃えることと、なりました。

さすがに、松田屋はごつい材料を使っているので、
5個のジャッキで持ち上げることになります。
既に材料は、棟梁が手配していて、
あす、材木屋から直で入り、現場加工ということに。
「さぁて、ほんき、だすかな」
棟梁の、ありがたいお言葉です。
posted by チーナカ豆 at 03:02| 島根 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

きのうの助っ人

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石を、敷きつめるという仕事がおわましたね。
これで、工事のためのトラックをいれることが
できるようになりました。
なんとか今日に間にあわせようと
頑張ったんですが、きょうは、あいにくの雨でした。
敷地の半分までには、みたないのですけれど、
けっこうな面積になりましたね。

こうやって写真でみると、
雨に濡れているせいか、いい感じですね。
いつか、手ごろな石が手に入ったら、
続きをやっても、よいかもしれませんが。
ただ、いまはもう、おなかいっぱい!


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宿題であった、蔵への通路の確保です。
昔の洗面、風呂、便所がある建物なんですけど、
いずれ近いうちには、取壊する予定であるんですよ。
洗面の部分の、半間ほどを解体しました。
蔵の扉が見えていますね。
これで、自由に裏庭へのいききができます。

この見通しのなかにいると、
なにかホッとするようなものを感じるんですね。
精神的にも、よいように思えますよ。
通り抜けられる、という自由さでしょうか。
たとえば、塀とか壁で囲みこむと、
そのなかでの安心とか、
内々だけでの、楽しさ、嬉しさみたいなものがうまれて、
それはそれで、よろしいことなんだろうと思われるのです。

ただ、その、安心、楽しい、嬉しいのなかには、
窮屈、息苦しさというものも、疫病神のように、
潜んでいるように思われます。
ときには、その囲みのなかが、
正反対の場所へと、豹変することもあるのですよ。
昔、「連合赤軍リンチ事件」というのがありました。
ま、ある考えで集まった集団です。

集団でもグループでも、なんでもですが、
ある考えや指向へ流れるとき、
それは同じに、壁を作ることになり、
排他的であったりもするわけです。
その壁が強固であればあるほど、
その壁のなかで生きるものが、
その考えややり方に、疑問や異議を持つ場合、
閉じられた壁(集団、グループ)のなかでは、
その壁(縛り)が強固であればあるほど、極端な場合、
やがて、リンチというかたちで現れることになります。
連合赤軍の場合、そのリンチが
「死」というかたちで現れたのでしたね

壁半間、とり壊しただけで、
えらい物騒な話しになりましたけども、
表と裏を見渡せる、誕生したばかりの通路に腰かけ、
通りぬける風の、心地良さを楽しんでいるときに
ふと頭をよぎったのでありました。


きのうの助っ人。

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posted by チーナカ豆 at 23:43| 島根 曇り| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

あしたの仕事

もう、ゴミのことは、いい。
まだ、いくらかはありますが、
触れないことにしたい。
今回を最後に。
先週、ビンを持ち込みましたがね。

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日曜出勤の方が二名、おられました。
荷台のビンをみて、しばらく無言でありましたね。
気まずいじゃないですか。
そこで、こうなった一部始終を
かいつまんで、話したというわけです。
なにか腑に落ちた、といったふうで、
それからは、グッと待遇もよくなり、
荷下ろしも、手伝ってくれました。

「コックさんなんですか?解体屋さんかと思いましたよ」
「いやぁ、料理はうちの奥さんが・・」
「トルコ料理って、シシケバブとかですか?」
「おお、よくご存知ですねぇ」
「で、どこでお店されるんですぅ?」
「宅野なんですけどもね・・」

ひとり、お客さんを捕まえたかもしれん。・・ぬふ!

4日ほど前に、工事関係者で集まる日がありましたね。
いいかげん、段取りを決めなかったら、
遺憾でしょう、ということになりました。
冬が、まじかいですからね。
で、来週の頭からということになりました。

ただ、そのためには、石埋めの作業をおわらせて、
2tトラックを入れられるようにしないといけません。
現状を見て、大勢の意見では、
11月からかな。・・と含みのある視線が、
ぼくに、向けられたと思ってください。
そこで、「いや、来週から!」といいはったわけであります。

なので、この数日ブログも更新せずに、
ひたすら石埋めに没頭しました。
毎日、暗くなって手元が見えなくなるまで。
ハンマーで手は叩く、石で手を挟む。
これはね、ちょっと痛いですよ。

きょうも、ハンマーで叩いた、
左親指の爪のよこが赤く腫れて、
ちょっと、視覚的に、
バランスの悪い、指になっているのですよ。
さらにきょうは、石で右手をはさんでみましたが、
一瞬、「ぅぐ!」とためてから、
「いたいーーー!」と叫んでしまいました。

ちょっと、挟んだだけなんですよ。
手のひらの親指の付け根のところが
まるで布の袋でもやぶれるように、
うすい皮膚一枚がやぶけて、血がにじんでおりました。
水で冷やしながら、なんと人間を包んでいる薄皮の繊細なことよ。
というか、石というものはほんとうに、重くて硬いものです。

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どうですぅ!
ぼくの腰、がんばったねぇー。・・えらい!
さいわい、あすも晴れるようなので、
残り数個を埋め込んで、めにものみせてやらんといかん!
じつは、もう一つやっておかなければならないことが。
写真奥の建物の一部を壊して、
蔵への通路を確保すること。
そこまでが、あしたの、ぼくの仕事でありますね。
がんばりましょう。


パソコンに向かっていると、ユージンのやつが
膝にのりこんできたので、なにか音楽でもと、
You Thbeをひらいて択んだのがこれ。
曲がはじまると、ユージン、まるで親父の体を、
リクライニングシートのように、
深く嵌りこみ、聴き入っておりました。

posted by チーナカ豆 at 00:35| 島根 晴れ| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

「宅野八幡宮例大祭」-本編

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かつての、こどもだった頃のにぎわいは、いまは、もう無い。
けれど、かつてのこどもたちが、いま、真剣に、祭りを、する。
いまの子どもたちにとって、大事なことだ。・・と思う。
たぶん、それが、かつてのこどもたちができる、
いまのこどもたちへの、べりー・グッドな贈物。


オヤノココロコシラズ。
生まれて初めての、お祭り。
折角、用意してくれた、はっぴ。
ユージンの奴、ガンとして拒絶する。
それでも、写真一枚くらいは撮っておきたいなと、
何度が試みるものの、どうしても駄目。

これが最後と、タイミングを見計らい、
さも、あたりまえ、のことのように
はっぴを腕に通してみた。
なんと、すんなり、受け入れたものの、
10秒が限度でありました。
一体、なにが、どうなのよ。・・・・えぇーっ!

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子供みこしのコースは、高台にある八幡さんを出発して、
湾に向かい、左に曲がり、ゆるい坂を上がっていくと、
右手にある、こんもりとした小山(貴船山)へと入っていきます。
この日のために、下草が刈られ、
奥のには、敷地全部に覆いかぶさるような
ご神木があります。
幹も太いのですが、このえだっぷりときたら、
まあ、暫し、見惚れてしまうほどなんです。

確か、タブの木と聞いたように思います。
タブというと、八丈で染織られる、
「黄八丈」の染料にもなっているはず。
まぁ、余談ですが。
いずれにしても、この場所は、
ちょっと、格別の空気が漂っております。

「祈とう」と言っていいのか、祈りを捧げたのち、
八幡さんへ戻るのでありますが、
途中、休憩が入り、隣り合わせた人と
話しているところへ、宮司さんも加わり、
元々は、貴船神社が、先の場所にあったそうですが、
室町時代に、時の権力というか支配層の命により、
全国に、八幡神社が造られることになり、

現在の場所に移ったそうなんです。
貴船神社の建物は、大正の頃まで、残っていたようですが、
傷みが激しくなり、朽ち果てたそうです。
まあ、それなりの思惑があったのでしょうが、
その時々、支配層の考え一つで、
色んな運命が降りかかってくる訳でありますね。

そして、神社に戻ると、石見神楽が始まったのでしたが、
「宅野を元気にする会」の有志による
屋台を手伝うことになったの為、
一部始終を見れなかったんですけど、
結構、屋台が楽しかったので、良しとします。
僕は、くじのやつを担当したんですが、
一回、百円なんですけどもね。

直に、子供たちが群がってきて、
一瞬、取立てにあっているような状況でした。
ちょっとマテ、ちょっとマテテ、分かったから、ちょっとまてってって。
まったく、好きですよねぇ。
こういう、ギャンブル性のものが。
地道に、フランクフルトソーセージでも買いなさいって言うのに、
小さなウデで、百円玉を突き出してくるんですから。
第一波が去った時には、呆然としておりました。

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屋台を出すのは、これで7年連続ということですが、
毎回、赤字だそうです。
有志の会の人たちとも話したんですけども。
屋台の無いお祭りなんかは、つまらないですよ。
勿論、おみこしや神楽も大事なコンテンツですけれど、
それだけだと、子供たちは、帰っちゃんうんです。
なんか、ワクワク、ザワザワするものが無いとね。

居ることが、うれしい仕掛けを、
どう作っていくか、ということなんでしょうね。
そうすると、屋台という存在は、とても魅力的です。
なんか分からないけど、そそられるものとかね、
神社丸ごと、遊び場と化すわけです。
楽しかったら、帰りたくないですもん。
僕だって、子供頃、そうでしたから。

遅くなってねぇ、怒られるかなぁ。
とか、思いながら、それでも帰れなくてね。
そういう楽しさって、子供には絶対に要るものです。
大人になった時に思い出して、
幸せな気持ちになれるような、そんな
お祭りになっていくといいですね。

神社での、なおらいにも誘ってくれたので、
話を聞いていたんですけどね。
まあ、昔のような賑わいというのは、
それはもう、無理な話なんだけども。
1年1年少しでも、
楽しい、お祭りにしていこうじゃないか。
そんな話しを、熱く語っておられたのですよ。
飲みながらね。。
翌日は、結構、みんな二日酔いだったようです。

その時、聞いた話で、
良い話だなぁと、思ったのが、
宅野では、お祭りは10月15日と決めているそうです。
それはずーと、変えてないそうなんですよ。
なので、平日になることもある訳です。
実際、今回がそうでしたが。

学校、休ませたっていいじゃないか。
会社?休めよぉー。
休めない人もいるわけですけどね。
そのくらいの心意気で、
お祭りってものは、そのくらいのものなんだぞぅ!・・と。
それは、なんか、よいなぁと・・。

どれも、1分から3分以内の動画です。



ひらめき

それから、お気づきの方も居られると思いますが、
ブログの右側、プロフィールの下に、
デジブックという写真アルバムを貼り付けました。
これは、デジブックnetというサイトの無料版なので、
期間が30日しか見れませんが、お祭りの写真アルバムです。
時間があるときにでも、如何ですか?
posted by チーナカ豆 at 04:09| 島根 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする