
外国テレビドラマシリーズで、スターゲート・アトランティスというのがあります。
これ、なかなか面白いんですよ。
1万年前に滅んだ文明アトランティスの形見のような装置が発掘されます。
研究を重ね調べるうち、その装置が、星と星を繋ぐ「スターゲート」だと突き止めます。
ゲートを潜ると、何十光年離れた星へ瞬時に行く事が出来る、
そんな夢のような装置を人類は見つけてしまうんですが、
行った先で何が待ち受けているか解らないし、
こちらから行けるということは、あちらからも来れるということで、
エイリアンが攻めてくるかもしれない。
何かの不具合で原子に分解されたまま時空間に閉じ込められてしまうかもしれない。
リスクもある訳です。
恐らくいろんな思惑の中すったもんだした挙句、装置を作動し
人類は、滅亡した文明アトランティスの謎解明に向けて
スターゲートを使い、冒険の旅に出掛けることになります。
僕は、「夢手紙コンテスト」も、このスターゲートという
装置に似てるんじゃないかと思って仕舞っているんですね。
始まってから、自分たちも含めていろんな反応がありました。
どんな反応がいいとかわるいとかではなくて、
試してみるるべきじゃないかと思うんです。
そのうえで、上手くいかないことがあったら、
その事について、よーく考えてみる。
そういう柔軟さのようなものが必要なんだと思います。
何十万年か前に、初めて木の上から草原に降り立った
僕たちの祖先たちも、きっとそうしてきたんだと思います。
・「チーナカ」基金で私たちがやりたいこと
「宅野」という町は、不思議な魅力に包まれた町です。
かつては、廻船問屋があり、たたら製鉄があり、
造り酒屋や醤油屋等、親方衆の大きな家が軒を並べ、
たいへん賑わっていたところです。
そんな宅野の町も、過疎高齢化の波にあらがえず、
100年を越えるいくつもの立派な古民家が、
ただの空家として朽ちるがままになっています。
私たちが出会った「松田屋」さんも、そんな朽ちていこうとするなかの一軒です。
沢山の思いの詰まった「チーナカ基金」を使って、私たちは、
まず「松田屋」さんの再生と『チーナカ豆』の宅野での再開を目指します。、
それに、宅野では私たちだけじゃない。
そこには、友人で先駆者としての「カフェロマン」があります。
彼と話していると、
共有できる夢がたくさんあることがわかりました。
ここに、私たちが核となって拠点作りを始めることで、
宅野という場所に興味を持ち、
ここに移住して来ようという人たちを増やすことができる。
「宅野」という古い町に、
「宅野」という新しい町を作り出すことができる。
「新たな町」には、もうすでに何人かが移住を表明しています。
『チーナカ豆』がそんな町づくりに加われるなら、
とても素敵なことだと思います。
・「チーナカ」基金の使途内訳
使途内訳は3つに分けられます。
1)土地購入と建築費用、事業開業費用に借用しているお金の返済残金 660万
現在も返済し続けている残金がこれだけ有ります。
2)古民家「松田屋」さんの修繕改築費用(予想) 800万
これは何ともいえませんが予想です。既に雨漏りを始めていて、瓦屋根を直すということと、水周りも作り直さなければなりません。それと内外部の工事が有ります。このくらいは覚悟しておかなければならないだろうという金額です。屋根や水周りの土木工事は業者に頼みますが、それ以外は自分でやるという事でこの金額です。これは一々説明しなくても分かる人には分かると思います。工務店に頼めば倍かそれ以上になるでしょう。
3)『チーナカ豆』1年分の運転資金と再開資金 300万
工事期間予定は6ヶ月間と考えていますが、大体に予定は遅れるものです。何があるかわかりません。それと『チーナカ豆』再開して落ち着くまでの運転資金としてこの位の額は確保したいと考えました。
私たちが必要としている額は合わせると、1760万になります。
コンテストが成立した時の応募数が2420通ですから、そのまま2420万になるので、お釣りが出ます。
しかし、これには税金(雑所得としてチーナカ基金の4割が所得税として引かれます)が掛かり、残る金額が1452万です。
足りません。
ただ、返済金の一部と「松田屋」さんの改築費用は、経費としてその年度に計上できるはずなので、なんとかなるだろうという勘定です。
実は、始める前、国がこんなにボッタクルと知って、コンテスト自体止めようかと思いました。 でも、結局始めてしまったのは、このコンテストが素敵なことだと思えたからです。
■カフェのお知らせです。
昨日、メールやコメントを返している間に時間がなくなり、ブログを更新出来なかったので、お知らせ出来ませんでしたが、今週は、なんとなく石窯ピザです。今日は久しぶりに石窯を昼間に焚きました。幸いお客さんも来られ、感想も上々でした。お待ちしております。


夢手紙ー知らない間に熱がこもってきましたね。企画がスムーズに進む(スムーズに進むわけがないのです)より、こういう展開、過程こそがこの企画の本当に大事なことじゃないかと思えます。僕はこの企画は人が人を信じないということ、信じるということ、それを表しているようにも見えるようになりました。もしかして、踏み絵?僕はチーナカを愛する和山さんの友人の一人ですが、その僕でさえ当初は信じませんでした。「こんなうまい話があるかあ?」と。また、同時にこんな面倒なことを始めたことも不可解でした。大変なときに大変なことに突入する友人を正直ちょっとおかしくなったのかなあと思いました。人生最大の失敗をしでかしたかもしれないと思いました。でも、真剣に取り組んでいるし、、。それであるときにまじめにここにある文章や夢手紙のブログを隅々まで読みました。それでだんだんと見えてきたんです。「ああ、和山さんは僕が思っていたより、ずっと夢想的で、それこそ夢見る人なんだ」と。知り合って10年以上は経ちますが、そんな人だとは思いもしませんでした。ずっと現実的な人だと思っていたんです。染織家としてはすでに力のある人ですが、その上に家を設計建築し、いろいろな文化的な企画を実行し、料理の腕前は一流でパンまで焼ける、おまけに思想家。まだ本格的にはしていませんが、彼の真骨頂は陶芸家だと思っています。これ以上やることがあるかというほど能力にあふれた人なんですけど、もしかしたら今回のこの企画が和山さんの人生の中でもっとも価値あることかもしれないと思うようになりました。結果はどうあれ、だれもしなかったこと、映画の世界では存在しても現実的にはだれもしなかった「世界初の夢」を実行し始めたんです。
話を戻しましょう。彼のこの行為の意味を純粋に信じるか信じないか。今のこの日本にあっては信じないほうが自然かもしれません。しかし、こういう人が存在することが、救いなんだと思います。応募するとかしないとか以前に、そういう人の存在やその企画を信じたい、信じれる日本でありたいと思います。
僕はそういう日本(夢を信じる人が少なすぎる。自分もその病にかかるほど。和山さんのことを知りもしない外国人が何故これに興味持つんですか?逆に外国人がこういう企画を立てたら日本人は絶対信じないでしょう)が嫌で飛び出しました。今回の企画で徴収される税率にも驚きました。こういう特殊な夢見るような企画にはもっと配慮が必要だと思いますし、それで得た税金をいったい何に使うのか?僕が日本を出た理由は大きく分けて3つありますが、その理由の一つはこの国の政府に対する失望ー特に税金を納めるのが嫌になった。会社によっては素晴らしい経営者というものは存在するでしょうし、素晴らしい国家の経営者というものも存在するでしょう。そういう国を探してみたい、そういう国で生きてみたいと思ったのです。(最も面白い試みとして、実は新たなる国を創るという壮大な計画も友人との間であったのですけど、、)再就職みたいなもんですね。結局フリーターみたいになるかもしれませんが、つまり理想の国が見つからない、あるいは住む権利を与えられない。ならば諸国税金ばら撒き人生を送るのもいいかなと。税金といっても多額なものではないです。どこでも買い物をすれば常にそれに伴う税金があります(一年を通じれば高額ですよ)が、その税金に見合ったサービスを受ける権利を持っているはずです。それを理想的な形で受け取りたい。もちろんビザとかいろいろ問題はありますが、何年か海外に住んだ強みでしょうか、無謀にもそういうことはとにかくどうでもいいのです。何故我々には国や政府を選ぶ権利がないのでしょう。そういう新たな旅です。和山さんとはまた違った夢の見方ですけど。
僕は日本から逃げて夢を見、和山さんは日本から逃げずに夢を追う。正面衝突する和山さんの勇気に脱帽します。
実は先日和山さんにメールしました。内容は日本を捨てた男が日本のブログに出てくるのはおかしいし、もう日本には愛想が尽きたので僕のブログも閉じ、ここにも登場しないと。しかし、大変自分勝手で図々しいですが、こうして書いているうちに、一つだけやっておきたいと思うことがありました。日本に限らず、国家に対してどういう税金の使い方をしてほしいかということです。その国の金の使い方がその国の政治家はもとより、一般国民の人間としての質を物語ると思います。許されるならば、次回コメントするときにはそのことを話したいと思います。税金の使い方次第では「夢の国」になる可能性もあると思います。自分のブログに書けばいいのに、あそこはほとんど閉店状態で人もほとんど来ないので出してもしょうがないので、ここで最後のわめきを。日本人のことだから、どうせ書いても反応がないのはわかっていますが、せめて読んでその「おかしさ」に気づいてほしいのです。夢手紙を応援する意味でも、1月1日までは「理想の夢の国」についてわめきましょう。
本文よりも長いコメント、ありがとう。
今週のカフェは石窯のピザを出していて、
そういえば、まだピザもパンも食べてもらってないなと考えてました。
来年、こちらに来たときには、その両方を食べてもらいましょう。
美味しいよ!
次回のコメント、今から楽しみです。
たぶん、楽しみにしている人は他にも居るよ。
なるほど、
みんなが同じものを視ていても、見る角度が違えば、見え方も違ってくるかもしれません。
「オレにはこう視える」
「いえいえ、わたしにはこう視えてるわ!」
自分以外の視線を得られるという意味でも、人の意見を聴くということには、大事な意味があると思います。
わかちんさんの意見にしても、今のところ彼にはそんなふうに感じられる、といった程度のことでしょう。
「いやー、オレはそう思わないよ」
という意見が、もちろんあってい訳です。
もう一つ思うことは、自分の意見を言ってみるということも大切だと思います。
その上で、「ああ、こりゃ、単なるいじめだな」と思えたら、
反省すりゃいいじゃないですか。
「いやー、前にあんな事言ったけど、良く考えたら違うかもしれません」
と、また言えばいい訳です。
そうやって、人は少しずつ奥深くなっていくもんだと思えます。
「深さが欲しい」と言うことに関しては、それはそうかもしれません。実は僕もそうありたいと願ってはいるのです。あなたの為というよりも、自分の為に、、、精進します。
「うそっぽく感じました」という事です。
そう言われると、とても残念ですが、そんなふうに感じる人もいるということを、考えて見ます。
いずれにしても、きれいごと? さん、
いいたいことは、言ってみたらと思います。
どうですか?
しばらくお目にかかっておりませんが、カフェ再開されていると知ってからウズウズしております♪
近いうちにお邪魔したいです。お腹空かしていかなくちゃ!!
『夢コンテスト』そのものも最初は懐疑的になることなく単純に「すごいなあ」と感心していました。
しかし、度重なる行政、法律、マスコミ、その他取り巻く環境に対する批判や愚痴が増えていくブログの内容に「『夢コンテスト』の夢はどこへ行ったんだ?チーナカ豆自体に夢が感じられないぞ」という気持ちになりました。お金の行方とかそういうことは全く関係なく、根っこの部分に疑問を感じるようになってしまいました。もちろん、誰だって腹を立てたり愚痴を言いたくなることはありますがちょっと多すぎる気がします。
あと、記事に対して新たな視点でコメントした人間を排除しようとする常連らしき方々のコメントにも疲れます。豆さんがおっしゃるように自分の意見を述べるのは自由だし大いに結構だと思うのですが、人のコメントに変なのっかり方をしないで欲しい。
コンテストに興味を持ってこのブログを訪問した人が、チーナカ豆に魅力を感じ、自分の夢を描くことが出来れば『夢コンテスト』そのものにももっと光が見えてくるのでは、と思います。
以上、いいたいことを言ってみました。
お久しぶりです!
宅野へ行くまでの間、また、再開することにしました。
今回は火曜日が定休で週6日やってます。
紅葉もだいぶ進んできて、なかなかよい感じですよ。
天気の良い日なら、まだまだ、外が気持ちいいです。
お待ちしております。
こんにちは、
そうなんですか、ありがとうございます。
>・・・・チーナカ豆自体に夢が感じられないぞ」
そうですね、実は、その意見に僕も同感なんです。
一時期、確かにそうなってましたね。なんでああなったのか、たぶんそなえがなかったんだと思います。その後起きるであろういろんな反応に対して、ちゃんと、本気で考え切れていなかったために、じたばたしてしまったんですね。その点はいま反省してるところです。
それでも、自分なりには毎日精いっぱい考えてやってはいたんですが、まあ、本当にくたびれてましたね。
このブログは「うそっぽい」という意見もありますが、ある意味、ぎりぎりのほんとうが出てしまったと言えるかもしれません。
>コメントした人間を排除しようとする常連らしき方々・・・
というのは、ちょっと、言い過ぎかもしれません。なぜなら、ほんとうにそういう人がいるのなら、もっと度々コメントしてもらいたいくらいなんです。ぼくは、基本的にどんな意見だろうとコメントしてくれるのは有り難いと思っています。違う視線に触れて、自身の考えを確かめるという事も出来ますし、参考になるなーと思える意見もあるんです。その意見に触れて、自分自身の考えを少し変えたこともあります。
うちの奥さん宛のコメント以外は僕が返していますが、今のところ、人の意見を排除しようとまでのコメントはなかったと思います。
勿論これは僕の感じ方かもしれませんが。
いずれにしても、このコンテスト、後1ヶ月半ほどです。一日一日、大事にしながら辿りたいと思っています。
コメントありがとうございました。
訪問者がいっぱいですね、チーナカ豆さん。
そんな、チーナカさんに三周年がおとずれていたんですね!まずはおめでとうございます。わたしが初めてチーナカ豆にたどり着いた日、木の感じがイッパイして沢山のスパイスの香りに深呼吸した覚えがあります。言葉も大切な役目を果たしますが、チーナカ豆に行ってみると自分と対話できるような気がします。いつまでも、そんな自分で、チーナカ豆に行きたいと思っています。どうぞ、これからもよろしくね。
こんばんは。
そうですね、いつの間にか4年目に突入しましたね。
まあ、この三年、いろいろありましたが、これからもいろいろあるんでしょうね。
こりずに、お付き合いください。
踏み絵のイメージは悪いね。それがいけなかった。すみません。ただし、意味合いは悪いとか良いとかじゃありません。僕が踏む側になってもいい、どっちがどっちでもいいんです。つまり言いたいことは、今のこの日本で夢見たいな話を信じれるかどうか?信じる人は踏む、信じない人は踏まない。その逆でもいい。
この国にいると建築物で裏切られ、年金で裏切られ、株で裏切られ、食物で裏切られ、電車で裏切られ、税金で裏切られ、家族に裏切られ、やくざと政府は裏切り放題、、、
そんな中にあって、こんなおもしろい企画があるのか?信じられるか、信じられないか?信じられない人が多いに決まってます。僕も和山さんじゃなかったら、信じないでしょう。きれいごとなんかいいません。きれい事に聞こえるほど、この企画は信じがたいことなんです。
それぐらい我々(私も含めます)は何でも疑心暗鬼になりやすいし、騙されないぞ!と常に思っているのでしょう。
スケールの大きい国際的宇宙的ウソを紹介しましょう。以下のサイトを見てください。
月面着陸のウソを暴いています。ARTEという仏独共同出資のテレビ会社(欧州では評価が高い)の作ったものをタケシの番組で取り上げたことから発しています。アメリカへの批判ですから、テレビ朝日ではだいぶもめたように書いてありますが、どこを探してもこの番組はYOU TUBEにはありません。まことに残念。
それはともかくとして、それくらい月面着陸は不可能でもあるのです。解決していない問題がいまだに山積していて、人類は宇宙の果てには当分は出られない(確か、1000キロメートルくらいの上空まで?)みたいです。永久にかもしれません。せいぜい宇宙ステーションでがまんするしかなさそうです。
だからみんな地球を大事に使っていかなきゃいけないんです。いや、みんな地球に居候させてもらっている気持ちを持たないと、大家さん「敷金も礼金もいいですから、どっかへ行ってください!」なんて言われるかもしれない。気をつけよう。
ちなみにこの月面着陸の映像は「2001年宇宙の旅」を作ったキューブリックだそうです。遺書に書いてあったそうです。まあこのサイトの写真を見て、あるいはコダックの話や技術的な問題など読んで自分で判断してください。
http://www.chibalab.com/news_otoshiana/documents/20040113.htm
http://www.chibalab.com/news_otoshiana/documents/20040125.htm
話がそれましたが、信じることができて、1万円で家がほしい人は応募すればいいのです。
それだけのことです。それにしてもこれは画期的過ぎるよね。月面着陸も及ばない企画。(言い過ぎ!)
でも、来年になって月面着陸と同じでした。なんて言わないでよ!チーナカさん。
ムーンサルトやね。