2012年01月26日

『チーナカ豆』営業再開のお知らせ。

予報通りですね。さっき薪を取りに外に出ましたけど、
2センチくらいかな、雪で白くなってました。
見るからに寒そう。っていうか、寒かった。
ここまで冷え込むと、流石に、ガンガン焚かないと
あったまりませんけれど、
こんな時間に、ひとりで起きているので、
薪ストーブにできるだけ近づき、コートを着込み、
このブログを書いてます。
宅野でこのくらいなんですから
山のほうでは、深々と降り続けてるんでしょうね。

寒中お見舞い申し上げます。


さて、ののの誕生によって二ヶ月は仕方ない
と産休に入りましたが、
ののの心臓疾患により、そのまま引き続き育休に突入、
結局、五ヶ月間ににも及んでしまいましたが、
いよいよ、今月の28日より
『チーナカ豆』の再開に漕ぎつけましたので、
お知らせ致します。

よりによって、こんな寒い日が続きそうなときにと思いますが
ま、仕方ありません。こうなったらガンガン
石窯も薪ストーブも焚いてやろうと思います。


再開、最初の週は石窯ピザです。
実はチーズを変えました。
長野にチーズ・乳製品の輸入卸「諏訪角商店」が在るのですが、
実は古い友人がそこで勤めているので、
一昨年の暮れ、長野のイエルカさんのトコロヘ薪ストーブを
取りに行ったとき久しぶりに会って
いろいろと相談に乗ってもらっていた訳です。
ちょびっと、割高なんですけれどね、
「スワカク」オリジナルで添加物の入っていないチーズを
使うことにしました。
今まで使っていたチーズでも、十分、
美味しいと、いって頂いていたのですけれど、
さらに、ステップアップしたいと思いました。

ではでは、ののにも会いに来てくださいね。
お待ちしております。

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おにいちゃんも元気にしております。

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いやー、5時過ぎましたね。・・・・冷え込んでます。
では、今日もありがとうございます。
少しでも、眠ります。・・・・おやすみなさい。

追伸:
考えてみると、あと二日、三日ですね。
もしよろしければ、身近な人に『チーナカ豆』の再開、
教えていただけないいでしょうか。
長く休みましたから。・・・・忘れられているかもしれません。
よろしくお願いします。


posted by 豆 at 05:07| 島根 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

遅ればせながら、どんどるまより新年の挨拶とお礼とです。

大変遅くなりましたが、新年、明けましておめでとうございます。
今年も早、20日が過ぎようとしていますね。
世の中に何が起きようと、太陽は昇っては沈み、一日は過ぎていくもので。
昨年は、本当に本当に、大変なことが起こりました。
終わりは見えそうにありません。
それでも、私もですが、多くの人の意識が変わって来ているように思います。
少しずつ始まっているように思います。


一方、東北から距離的には遠くに位置する『チーナカ豆』。
ここでも昨年は(も)予想外の展開がありました。
そうです、「のの」の誕生。
身内事ですみませんが、とても嬉しく幸せなことでした。
…が、まさか心臓に疾患を持って生まれてくるとは!
いろいろと大変でしたが、今のところ大きな問題はなく、マイペースに順調に育ってくれています。
ブログ上でもたくさんの応援のコメントをいただき、ありがとうございました。
本当に励まされました。
ののが無事に退院できたのは、
のの自身の頑張りとユージンの笑顔、
前向きな父親、
協力してくれた両親と親戚、
話を聞いてくれた友達、
そして皆さんの励ましの声があったからです。
心から、お礼申し上げます。


さて、皆さんにお会いできるのが楽しみです。
ありがたいことに、「お店の再開は?」との声をいただきます。
今月最終週から再開する予定です。
どうぞ、薪ストーブで暖まりに来てください。


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今日は久々に仕事ができました。
お隣のおばあちゃんからの注文です。
お孫さんにお土産を、ということです。
薪ストーブで焼いた黒豆のパウンドケーキ、柚子たっぷりのシフォンケーキと素朴なクッキーたちです。
ありがとうございました。





posted by 豆 at 15:30| 島根 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

「余談‥‥」のつづきです

31年前、24才だったぼくは、
なんていうか、人の命の呆気なさみたいなものにも
ショックを受けたに違いないですけれど、
コジマさんが亡くなられたことで、
人のふんどしでもって、相撲を取れるつもりに
なっていた自分に気付かされ、ふんどしが外れた
在るがままの、たよりなげな
自分の姿に溜め息をつきながらも
未熟者は未熟ものなりに、
落ちたふんどしを、今度は自分の手でもう一度
しっかりと、締めなおさなければならなかった、と。

もう随分と古いことですし、どんなふうだったか
詳細には、思い浮かべることができませんけれど
ま、状況が状況、ことがことですから、
若いぼくは、けっこうパニックになった筈です。
コジマさん絡みの問屋さんの仕事は結局無くなり
辞めるのを辞めるという選択もあったはずでが、
そうしませんでした。
思うに、どんなあてもなかったと思うんです。
確かなあてもかった筈なんですけれど、
思うに僕というものは、けっこうな楽天家です。
何とかなるだろうと、そのまま、
産まれてくるはずの息子共々
小さな船を浮かべ
あてがない航海へ
出かけたというわけであります。

31年前のぼくは、自分を引き受けられる
方法としての「ひとりで」を選んだ。
それは「‥‥より苦しくない」はずの方法として。
31年後のぼくは、自分を引き受ける
方法としての「みんなで」を選びたい。
きっと「‥‥より楽しい」はずの方法として。

‥‥余談でした。


去年、秋も深まった頃、宅野の文化祭で
みどり保育園の園児による(ユージンも入ってます)踊りの披露がありました。
「石見銀山音頭」。
ユージンなども可なりの熱の入れようで、
その日が来るまで、毎日のように家でも練習に余念ありませんでした。
本番の日は「石見銀山音頭」と振り付けを教えていただいた
二人の先生が所用で見ることが出来なかったのですが、
後日、園で子ども達の頑張った成果を見てもらうことが出来ました。




毎日、寒いですねぇ。
寒いと、凄く、眠くなります。

もう一度、ちゃんとお知らせ致しますが、何が何でも今月最後の週、
28日から、お店を再開するべく腹をくくりました。
今日も、お立ち寄り頂き、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:31| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

余談ですけれど

あてが在ったわけでもないのに、
いま考えても、あの時の自分が、なぜにどうして
「独立」できると考えたのか
が、55才になっている、いまのぼくには
思い出せないというか、考えても分からないというか。
若い(馬鹿い)ということだったんでしょうか。
「あてが在ったわけでもないのに」と書きましたけど
実は、あてのようなものがあった瞬間もありました。
辞表を出す一年くらい前ですけど、「コジマ」さんという図案家と知り合い
週一で絵を教えてもらうようになりました。
(考えてみると、あの頃のコジマさん、いまのぼくと同じくらいの歳だ)
で、当時のぼくが23才で、ま、親子くらいの歳の開きが
ありましたけれど、なんとなく気が合って飲み友達にもなり
いろいろ話すうちに、いっそのこと、一緒にやろうか
みたいな流れに、話が転がっていった訳です。

なので、はじめはコジマさんと二人で工房をたちあげる
ということで、話は進みました。
ここでコジマさんの話を始めると長くなりすぎるので
ま、かい摘むみますけれど。
図案家として、とても力のあった人です。
それは実際に絵を習いましたから良く分ります。
描けないものがないという人でした。
なので、仕事も沢山入り京都で図案家として、
勢いのあった時期もあったそうですが、
交通事故で片足を無くされてからいろいろあり
ぼくと出会ったころは、窮屈そうな貸家で一人暮らしをされてました。
いろんな話も聞けて楽しくて、通ってるうちに
「一緒にやりましょうよ」となった訳です。
仕事も、コジマさんがやる気になられたんならということで、
コジマさんつながりの問屋さんから
結構な量の仕事も出してもらえることになってました。
なので、当座は困らない、ということだった訳どす。

ところが、そのコジマさんが亡くなられたんですよ。
それはもう、ほんとうに、驚きました。
そんなことが起きるのか、このタイミングで。・・・・と。
辞表は出してましたしね。住んでたアパートの大家からは
染をするんなら出てくれといわれ、他の貸家をあたったところ
やはり、染をするならお断りという返事。
京都ですよ。石を投げたら染に関わっているか
関わっている身内がいる人にアタルといわれる京都でです。
ま、もしかしたら京都だったからかもしれませんけれど。
考えもしませんでしたが、仕方なく、
小さくて古い家を山科で見つけ、頭金でほぼ蓄えも消えたところ。
しかも、最初の息子、(神戸にいる藍)がお腹の中にいことが発覚。
結婚など生涯するものかと考えてましたが、
口ほどにもなく、ま、独り身ではありませんでした。
・・・・ところにです。

余談の筈でしたが、まだまだ、終わりそうにないので
ここでいったん更新しようと思います。
今日も読みに来ていただいて、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:58| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

最初の仕事

神戸にいたころ、ですけれど、
19才もあとわずかでお仕舞いというときに
自由に使ってよいことになっていたアパートの一室で、
ちょっと、唐突かもしれませんが
「瀕死」を擬似的体験した経験があります。

そのことについて、書きだすと、
ぼくの文章能力では日付が変わり朝になったところで、
なんとか更新、或いは更新を諦めてふてくされ
寝てしまうかということになりそうなので、やめて。
ただ、もしかしたら二十にはなれないかもしれない
という息苦しい時間の裂け目に落ち込んだような体験から
「とにかく、自分ぐらいは自分で食わせるということをしよう」
という、あまりにもあたりまえの考えを掴むことができたぼくは
その「瀕死」から生還した、と書いておきます。

そして、最初に来た仕事を、とにかく
どんな仕事であろうとやる決意をしたところへ
やってきた仕事が、染色の仕事でした。
染色と聞いて、具体的になにかピンと来るということも
ありませんでしたが、最初に来た仕事を「やる」と
決めていたぼくは、二十になった、
春3月、京都へ向う電車に乗りました。

ぼくにとって、仕事ととの出会いはそんなふうでした。
「自分ぐらいは自分で食わせるということをする」
なので、何でもよかったわけです。
たまたま、染色だったということでした。


さて、ブログを随分とサボったせいで、
画像が溜まっています。

「小春ちゃん」が亡くなって、建物が取り壊され
今では、跡形も無くなりましたが、色んなものを頂きました。
例えば、瓦。家の屋根と同じ、昔、宅野で焼かれていた瓦で、
新しいものはもう作られていないので、貴重品です。
雨漏り修繕用に程度のよいものを百枚ほど頂きました。

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これなどは、建築材としてまだまだ現役で使えそうな
座板、根太、大引きなど、根こそぎ頂きました。

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他にもいろいろ頂けたんですけれど、
たとえばこれは井戸のポンプ、家の井戸のポンプは壊れていたので
バケツで直接井戸から汲みだすというふうにしていたんですが、
カランなども頂けたので、さっそく取り付け、とても便利になりました。

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こんなものまで。買うとなると、けっこうな金額になります。
なんといっても銅ですからね。
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建築材として使えそうのもの意外は、刻んでストーブの薪に。
けっこうな量なので、これでこの冬の薪は安心かと思いきや。
すでにこのときに作った薪は燃やしきりました。
一体、ひと冬どのくらいの薪を燃やすことになるのか。
この冬分の薪は、別ルートで確保してるので
いちよは、安心なのですけれどね。

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懐かしいでしょ。岡本太郎の「太陽の塔」。
1970年の万国博覧会(エキスポ70)、中二でした。

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立派な囲碁の盤と碁石のセットです。こんなものまで頂きました。
備品としておきますので碁の好きな方はどうぞ。

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古いガラス。

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これも、座るところを張り替えて木を磨けば
きっと、変身しますよね。

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二階の座板でしたが、煤で黒光りしてます。
これらの材料も『チーナカ豆』の改装に使ってます。
お互いが生き返るんです。・・・素敵ですね。

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おやすみなさい。
今日も、ありがとうございます。


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2012年01月08日

気落ちせずに

三日坊主にもなりませんでした。
実は、密かにですけど毎日更新を、決意してました。
ゆるくですけれど。ゆるめだったのが良くなかったですかね。
やはり、寝る前の絵本の読み聞かせが鬼門です。
昨夜は、ユージンにもいい聞かせていたんです。
「今日中に、ブログを更新するんだから3冊だけだよ。
あとからもう一冊、もう一冊は無いからな。」と。
ユージンも納得してくれて、本を選び読み始める。
短いと、「短すぎ!」とかいって、さも納得できない。
というふうに本を追加してくるので、
そこそこの長さのものを3冊読むと、結構、時間も過ぎるし
疲れてきて、こっちだって眠くなってるんです。
同じ姿勢で布団の上で横になって読むというのも、
いけないのかもしれないですけれどね。
読み終わると、フッと一息、横になったまま
目を閉じたりしてしまうんです。
昨夜はそんな父親の姿を見てユージンまでもが、
「ブログ書くんでしょぅ。・・・・いいの?」と
心配そうに声を掛けてきたんですが、
「ああ、そうだよ。でもちょっと・・・・」。
次の瞬間、目を開けたときには日付は変わっておりました。
やっぱり、禁煙と同じくらいの決意で望まなければなりませんな。
仕切り、直しです。

正月は、オセチなども作らずで、
たいして正月らしいこともしないので
せめてもと、元旦にユージンと凧揚げしました。
コマも回したりと、ま、いちよやることは
やったよね!って気持ちになりました。

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そうだ、去年の暮れ丹波篠山の大塚まさじさんから「黒豆」をて送って頂いたので、
薪ストーブの上でコトコト煮込みました。
薪ストーブで料理するとだいたい美味しく出来るんですけれどね。
来年は、黒豆の煮物の注文を取っても良いんじゃないかと
思えるほどのできばえでした。
ま、元もとの「豆」が、良いんでしょうね。

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こういうものも、最近は薪ストーブでやってます。
何ででしょうね。ホットプレートで作るよりも、断然、美味しいんです。
火の当たり方なんでしょうかね。

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さて、おはようございます。
今日も一日、良い日になりますよう。
覗いてくれて、ありがとうございまぁす。


posted by 豆 at 06:59| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

「『チーナカ豆』株式会社」

「いつか」は『チーナカ豆』を「『チーナカ豆』株式会社」に
できるといいなぁ。そんな想いを口にしても
いまどうにもならないから、とりあえず、閉じ込めておいて
その日、一日、しなければならないことに
身体を没頭させる。何かしら手掛かりが視えてくるまで。
実は、八雲で『チーナカ豆』を始めるための準備をしながら
「いずれは」と考えていたことです。

なるべく、違う職業経験のある人がいいんですけれど、
とりあえずは、三、四人。或いは六、七人。
ま、もっと多くても、いいんですけどね。
で、とにかく、まずは生活できないといけませんから、
みんなで、自分が出来ることや、やってみたいこと
やれそうなことなどのアイデアを出し合うんですよ。
いろいろでたアイデアを、ま、みんなで「ころがし」ながら、
実現できるものから順に、みんなでよってたかって、「やる」。
まずは、みんなが生活できるということを目指してね。

会社を立ち上げるというときの、一般的なイメージとは
ちょっと違うかもしれませんけどね。
いま一人で、あれこれ考えてるんですけど、
・・・・、結構、楽しいんですね。

明日は、もう少し具体的に書けるよう踏ん張ってみます。
・・・・禁煙も続いてます。


えーと、リクエストにお応えして、「のの」と「ユージン」情報です。

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ののが、生後4ヶ月に差し掛かった頃、
突然、母乳を直飲みし始めました。
なにがなんなんだか、そうなってみるとあっけないもんです。
「乳頭混乱」と言う言葉があることをののによって知ったんですけれど、
これについては家の人がいま詳しく書いてるそうなので、
懲りすぎて書き潰してしまわなければ、
いずれつかいうちにこのブログで読めると思います。
いずれにしましても、メデタシです。
傍目でも、大変な苦労でしたから。
絞って飲ませて、飲ませて絞って。
依って、我家からこの光景がなくなりました。
家の人の苦労を別にすれば、これはこれで、
なんだか温かい光景ではありました。

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それともう一つ、「おしゃぶり」。
ののにとっては「泣く」という行為も
体力を消耗させ、体重減に繋がるということで、
入院中からこの「おしゃぶり」を愛用していたんですけれど
歯並びも心配だし、他にもいろいろ考えることもあり
止めさせることにしました。ま、「ニコチン中毒」と
いう訳ではないので一日でかたが付きました。
ののは、哺乳瓶もおしゃぶりも卒業しました。・・・・が。

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これは、決して「やらせ」じゃないんですよ。
僕のために言っておきますが。
昔の「おしゃぶり」で「しゃぶ」ってます。
一人卒業したかと思いきや、
一人、入信したようです。

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今日も、ありがとうございます。
ではでは、おやすみなさい。


posted by 豆 at 23:53| 島根 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

2012年です

おめでとうございます。
今年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。


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「豆」一家、無事、年越しできております。
ただ、デリカはひらめさんのところで預かってもらいぱなしです。
この場を借りて、ひらめさん一家へ「ありがとうございます」。

本当であれば、お店を休んでいる分、毎日でも
ブログの更新をしなければいけませんでしたが、
そんなふうにはできませんでした。
そんなことで、今年は、去年の反省からはじまります。

さて、お店の再開ですが、
今月、一月の中ごろの週を念頭にしつつ
想いをめぐらしているところです。
思いもよらず休業が長引きましたので、
兵糧が尽きる前に動き出さねばならいでしょ。

ただ、ののが生まれて状況が変わりました。
今までのように、うちの人と二人でとはいかなくなりましたので
この期に及んでも、どうしたらよいか考えています。
どうしたものでしょうね。

あぁ、朝六時の鐘が聞こえてきた。
まだ外は暗いですけれどね。
でも冬至は過ぎたので、毎日少しずつ、
気づかないくらいに、明るくなっているんでしょうね。
そんなふうに『チーナカ豆』も変化していくかもしれません。
ま、ちょっと、困った分
ちょっと、チャンスかもしれませんし。
明日につづきます。

覗きに来てくれてありがとうございます。
これからも、よろしくお付き合い下さい。ませ。


posted by 豆 at 06:09| 島根 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

解体。

間が空くと、書き出しの言葉がなかなか決まらない。
いろいろ浮かびはするものの、どれもピンとこないの
で、時間ばかりが過ぎてしまう。
そして、眠くなってしまうんですよ。
その繰り返しです。可なり、馬鹿っぽい状態。
何日も出来事や思いを溜め込んでしまうと、
言葉が鬱血するんでしょうか。
はやり、毎日その日その時の出来事や思いを
小出しにしていくのが書き続けられる秘訣なんでしょうね。
あれやこれや考えながら寝てしまうよりも
とにかく、更新するということを、します。

今年は、東日本大震災というとてつもないことが起きましたけれど、
我家の身の上や身の回りでも大きな出来事が起きた年であります。
勿論、ののの誕生というのも大きなことですが、
もう一つ、こちらも『チーナカ豆』を囲む環境に大きな変化をもたらしました。
ブログにも書きましたが、2月にお向かいの「小春ちゃん」が亡くなり、
「小春ちゃん」亡き後の建物が解かれ、
土地を地主さんへ返されることになっていたんですが、
11月のある日、いよいよその日がやって来ました。

母屋の部分が建ったのが明治よりも前ということですから、
最低でも、150年は過ぎている勘定です。
右手のガレージ部分はその昔、鶏小屋だったそうです。
中庭には大きなイチジクの木があって、子供の頃その幹から枝を蔦って
屋根に上がったものだと、「小春ちゃん」の息子さんが話してました。
まあ、少なくとも150年分の記憶がこの建物には刻まれている訳です。
そして、跡形もなくなるんですね。

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いよいよ、その日の朝が始まった。

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カタカタと重機が動き出し・・・・

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瞬く間に・・・・

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そして、少年は・・・・

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・・・・。

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ここまでは、二、三日というところでした。

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始まってから、一週間でまっ平らに・・・・
敷地は凡そ140坪。

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玄関を背に。見通しも風通しも良くななったということですか。

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反対側からの眺めですけれど、うちも見通されることになり。
もう少し、きれいにしないといけませんね。

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実は、新しく出来たこの空き地を、うちで管理することになりました。
管理といっても、草刈とかですが、隅のほうで畑をしたり、
車の駐車も良いとのことです。ありがたいですね。
ただ、そう出来るためには、土を入れたりなど、
ちょっとした造成をしなければなりませんが。
ま、急がず、来年の暖かくなるころろ目指してやりたいと思います。

もう一つ、建物を取り壊すにあたって、
使えそうで、欲しいものがあれば外してよいとの許可が出て、
思わず案外の材料が手に入りました。
材料が手に入ってしまったので、またまた
改造というか改良というか、改装工事が始まってしまいました。
主に建具などですが、以前をご存知の方が見られたら、
驚くほどの変化を遂げつつあります。
次回の更新では、そのあたりのことを・・・・。

なかなか、更新がつづかなくて、ごめんなさい。
にも拘らず、来ていただいてほんとうに、ありがたいです。


posted by 豆 at 05:10| 島根 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

ののは順調です。

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退院の日、ののはおめかししてもらい、
そして宅野へ、帰ってきました。

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ゆっくりですけれどね、経過は順調です。
ちょっと痛々しげな栄養チューブも数日前に外して
様子を見てましたが大丈夫そうです。
哺乳瓶でですが一日にこれ位はと言われている量をクリアしています。
出きれば、直飲みしてくれると母親も楽なんですけれど。
どうもなにか思い込みがあるようで、乳首を拒絶しています。
それでもと目が醒めきらない虚ろなときを狙って
含ませると上手くいくときもあって、
左だけはなんどか飲ませるのに成功しているんです。
微妙なんでしょうね、何かが。
騙し討ちでも飲ませているうちに、慣れてくれて
左右のおっぱいから直飲みしてくれる日が来ますように・・・・。

ののが産まれて自動的にお兄ちゃんの座を手にした
ユージンの様子を窺ってました。
やはり、大きな出来事ですからね。
いままでなんだかんだいっても、中心にいた訳です。
それがののの出現で、みんなの注目の中心から
否応無くずりおりる訳ですから、心中穏かではないです。
「おんぎゃあ」とか言ったり。
少し暗い辛そうな顔をすることもありましたけれど、
何となくですが、自ら「お兄ちゃん」になりつつあるようです。
こんなふうに人は、出来事から逃げられないで
引き受けていくときに、ぐぐんと「のびる」んでしょうね。
ま、皆が通る道ですけれどが。

ブログの更新がなかなかできてまへん。
色いろとあって一日が短いなあって感じでもあります。
まあ、ちょっと舌たらずな言い訳ですけれど
実は、禁煙というのが、結構、ボディーブロー
のように効いているかもしれません。
ちょっと、踏ん張れないっていうか。
こんな言い訳、元々、タバコを吸わない人からすると
「なんのこっちゃ」という事かも知れませんけれどね、
僕には、タバコって、そういう面があったように思います。
だからといって、また元の喫煙者戻りたいとも
思えないんですけれど、ま、そのくらいには、
タバコから遠くへ来てしまった、といえそうで、
タバコ無しでも踏ん張れる深夜もそう遠くない。・・きっと。

ののの写真を撮るんですけどね。
なかなか、僕が見ているのののかわいさを
撮れないでいます。・・・・難しいですよね。
まだ入院中に写した画像ですけど、
今のうちに出しておかないと、日の目を見ないかもしれないので、
ブログに載せておきたいと思います。

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手や足の指が長いんですよね。
最近の赤ちゃんの傾向なんでしょうかね。

今日も覗きに来て頂きまして
ありがとうございます。

追伸:大塚さんの「MOONLIGHT MAGIC」更新しています。
ゲストは小阪忠さん。関西以外では聴けない放送です。
是非是非、お楽しみください。

posted by 豆 at 04:20| 島根 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

あまりにもかわいい・・

割と確信犯的にブログ更新をサボりました。
ひと月以上になるんですね。・・・・まったく。
更新がないということで、色いろと心配な想像をおかけした
ということがあったようです。・・・・申し訳ありません。
なにもないということはないですが、
「チーナカ豆」一家、元気にしております。

おお、こうして書き始めると、まだ、ふと
煙草を欲しくなる瞬間が有ります。
そんな時には、
口の中にキシリトールlime mintを放り込みながら
禁煙は、続いておるのです。
多分このまま、タバコを吸わない人になるでしょう。

日付が変わった今日11月17日。
いよいよ、ののが退院する予定となりました。
まだ、時間は決まっていないようですけれどね。
まだ鼻から胃に入れている栄養チューブが取れないので、
自分たちで交換できるように練習したり、
ちゃんとチューブが胃に入っているか確認するための
聴診器もアマゾンで買いましたしね、
ま、いろいろとあるにはあるんですが、
産まれて3ヶ月、漸く、ううちの子をうちに連れて帰れます。

退院のための準備で、母と娘が一般小児病棟で
一日を過ごすという、二泊三日のお泊り体験をすることになり、
最後の日に退院という予定でしたが、
体験日初日の朝、留守番男組のユージンが熱を出したので
どうなるかと危ぶみましたけれど、昨日どうにか熱も下がって
予定が一日延びただけで済みました。
いよいよですけれど、どんなふうになるんでしょうね。
家族四人の生活。
心配はしてませんけどね。
まあ、くどいようですが、いよいよです。

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恐らくですけど、この地球上の何処に住んでいようが
何を引きずっていようが、娘を持つことになった
男親の思うことは皆同じでしょう。
多分、こんなんですよ。

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あまりにもかわいいのですよ。・・ののは。

いっちゃいましたよ。
分かってます、聞こえてきてきますよ。
こういう時、馬鹿にしてもらえるというのも
娘を持った男親の特権といえば、特権ですからね。
しばし、満喫いたします。

さて、のの、これが、のののお兄ちゃんだよ。
待ってるぜ!

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2011年10月09日

漁師兼作家。

これを書きながらたった今、にわかに、思ったんだけど。
漁師と作家って、その二つともが、可なり憧れてる職業の気がします。
わりと正反対に見える職業かもしれませんけれど、
僕のイメージの中では、どこか似てる気がしてて。
僕にとって、そんな憧れの職業二つともを、
一つの体でやっている人が、隣町に住んでるんです。
二コルのパパさん、こと、吉田恭教(よしだやすのり)さん。
なんていうんでしょう、家族ぐるみのお付き合いというか、
花見だったり、バーべQだったりと、
なんかの時には集まってなんかするっていう
仲間というか、お友達というか。

吉田さんの処女作は、朝焼けの彼方へ―背歴の使者(2006年)

そして、待望の二作目は、変若水、福山ミステリ文学新人賞優秀作受賞。
厚生労働省に勤務する向井俊介は、幼馴染の女医が突然死した真相を追及するうち、ある病院告発する文書の存在を掴み、島根と広島の県境にある雪深い村にたどり着く。そこには変若水村と呼ばれ、古くから誰も見てはならないとされる雛祭りがある奇妙な村だった。相次ぐ突然死と、変若村で過去におこった猟奇事件の謎に向井が迫る――。盛り込まれた殺人トリックに島田荘司氏も感嘆!
2011/10/17発売予定、光文社。

そうなんです。今月いよいよ本になり出版されます。
まあ、とにかく応援します。
地元として、仲間として。

実は優秀作受賞については、決まった直後に知らされていたんです。
とりあえずの、お祝いのようなこともしたんですけれど、
本格的なものは、やはり本が出てからということに。
『チーナカ豆』で出版記念パーティーぽいことしたいんですが、
のののことがあって、日にちが決められないままなんです。
ただ、ののの方も、何となく先が見えてきておりますので、
もう少しすれば、ひにちも決められそうです。
欲を言えば、自分たちだけで祝うというのも、
それはそれで楽しいとは思うんですけれど、
もっと広がりのあるようなことが出来ないものか
とも思ったりするんです。やるとなると、力のいることですから。
・・・・分かりませんが。分からなければ、いわないほうがいい。
でも、日にちが決まったらブログでお知らせしますね。

さて、吉田恭教という漁師兼作家をどんなふうに紹介すればいいのか。
たとえばmixiで、ご自身による自己紹介はこんな風に書かれています。

処女作は出版に漕ぎ付けた。「朝焼けの彼方へ」
ニ作目「変若水」、福山ミステリ文学新人賞優秀作受賞。
時化の時は、ひたすらPCに向かって原稿を書く。
でも、中々筆が進まないのは何故だろうか?
犬と猫が好き。酒も好き。海も好き。サッカー好き。野球嫌い。

11月のシイラは脂がのって旨い。と教えてくれたのは吉田さんです。
本当です。試してみてください。美味しいですから。

吉田さんが心酔し尊敬している作家で
この賞の選者でもある
島田荘司さんがTwitter でつぶやいておられます。

福ミス2011、4作目、吉田恭教氏の『変若水(おちみず)』光文社、の再校ゲラ到着。この作が、ある意味で一番すごいかもね。未聞の殺人法を発見しており、物語のスケール感、筆力、人間描写、どれも群を抜いていた。この人は刊行歴あり、いわばプロで、でもこの人が新人たちに圧倒された年だった。

下の動画は、福山ミステリ文学新人賞の発表のもようです。




ののは2440gになりました。・・・・もう少しです。
禁煙一ヶ月。つづいてます。
「ふとんわたいと」の黒染め、10回目の浸け込み中。
漬け込んでから、もう二日目です。
沼ヅケしなければならないんですけれど、
ちょっと、段取りが出来てません。
連休もありますから、もうちょっと先になりそう。
ま、浸け込んでる分には問題ないです。

スティーブ・ジョブズがなくなりましたね。
56才、あ、そうなのかと思いました。
1才年上ですね。そう思うと早いですよね。
残念ですね。ぽっかりと空いた大きな穴のように
ご家族とか、親しい間柄のひとたちにとって、
・・・・寂しいんでしょうね。
その寂しさを、ぼくもこれまでの人生で
なんどか感じたことがあります。
ご冥福をお祈り致します。

今日も、覗きに来てくれて、どうも、ありがとう。

 


posted by 豆 at 01:59| 島根 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

イノシシのその後の話。

禁煙は、つづいてます。
けれど、この二三日ふっと、あ、この場面、
今までなら、確実、タバコに火を点けてるよな
って、タバコへ思いを馳せる回数が多くなった気がすします。
なんでですかね、あと2日で禁煙丸々一ヶ月になるので、
ニコチンは抜けてる筈なんだけどね。
ま、おりにふれタバコに火を付けるという、ながいながい習慣でしたから
身体の方の記憶が抜けきれてないということでしょうか。
とりあえずそんな時、家の人が買ってくれたキリシトールガムを
口の中に放り込むんですけれど、これはこれでガム依存になりかけてます。
ニコチン中毒よりはキリシトールガム中毒の方が
タバコを吸わない周りの人には喜ばれそうですけどね。

さて、イノシシ解体のその後です。
二時間くらい格闘した末に手にした約20kのシシ肉。
骨と皮を取りはぶくと大体半分位になるそうです。
持ち帰り部位ごとに切り分けたりする仕事があるんですけれど、
何といっても初めての経験で疲労感もあり
とりあえず冷蔵庫に押し込み、作業は翌日に。

翌日台の上に広げると結構な量なんですよ。
各部位に分け更に、適当な大きさに切り分け
それを水洗いしてタオルやキッチンペーパーで水分をふき取り
ラップして冷凍庫へ。
面倒でもこれをしておかないと折角の肉を
無駄にしてしまいますからね。
1時間位掛かりましたが、クタクタになりましたよ。
慣れないことっていうのは疲れます。
この時期のイノシシはまだ脂がのっていないということなんですが、
まあ確かにそんな感じです、がその分ヘルシーに感じました。

実は少しは不安だったんですけれど、
肉は、まったく生臭くなかったです。
血抜きが上手に出来ていたということでしょう。
その晩の夕食のとき炒めて食べてみましたが
美味しかったですね。ユージンまでも
美味しいっていいながら食べてましたから。
今回はとりあえず手に入ったイノシシの肉で
色いろ試してみるつもりでおります。
タンとかもありますしね、燻製は必須でやるつもりです。
アバラ肉でチャーシューを作りました。
ほとんど脂が無かったんですけど、こうしておけば
料理にも使いやすいですしね。
ゆでたスープはスープで、ラーメンを作ったり、
味噌汁にしたり色いろ楽しめました。
冷凍庫に入りきれない肉をとりあえず塩故障で焼いて食べてみたり
天ぷらにしてみたりすでに色いろ楽しませていただいておりますが、
まだまだ、これからです。まだまだたっぷりありますから。
あと、トルコのケバブ料理にも試してみるつもりです。

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この後、炭火で炙るとチャーシューの出来上がりです。

今回の記事には初めてですが追記があります。
イノシシ解体中の画像、見たくない人も居られるかもということで
下のリンク「イノシシの解体中の画像」の中に入れておきました。
興味のある人はどうぞ。ちなみに家の人なんかは平気だそうです。
まぁ、料理人ですからね。

久しぶりにこの時間まで起きてると、タバコの誘惑を感じてしまいます。
寝るのが一番でしょう。今日も気に掛けて頂いて、ありがとうございます。


イノシシの解体中の画像
posted by 豆 at 03:15| 島根 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

運動会

去年は激しい雨に開会式もできず中止を余儀なくされましたが、
今年は、快晴とまではいきませんでしたが、無事、
2011年度、宅野町民体育大会、開催されました。

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この日は、家の人も出雲行きはお休みにして、
家族三人、運動会にどっぷり浸かりました。


競技に出たときの参加賞も、大したものが出る
わけじゃないですけど、まぁ、嬉しいものです。
ユージンは三種目に出て・・・・

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ね。

一昨年初めて参加したとき、マラソンに出たんですよ。
ヘビースモーカーでしたからね。肺が苦しくて途中で死ぬかと思いました。
なので、今回はマラソン以外なら何でも出ますよっていってたんです。
けれど、このまま禁煙に成功すれば、
来年なら何とかなるかもしれませんけれど。
今回は五つほど出たんですけど、その一つがこれです。
パン食い競争。
パンを取ってから、食いながらラムネを飲むんです。

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ユージンの目の前で、一番で上がりましたからね
いちよ、親父の面目を保てたかもしれません。

宅野を赤、白、緑と大きく三つに色分けして競うんです。
僕ら豆一家は赤組です。
で、結果は最下位。
緑組の一昨年に続く連勝でした。
緑組が強いですね。この流れは数年続きそうな気がします。
何でしょうね。平均年齢が若そうなのと、
チームワークが良さそうです。・・・・緑組は。

いつの間にか季節が秋になり、
運動会も終わり、15日には、秋祭り(例大祭)。
早いな、宅野に来て三回目の秋祭りです。
祭りを過ぎたころには、案外、
薪ストーブに火が入ったりしてるかもしれません。
いやー、また、冬がきますねぇ。
ま、それまでに、まだまだ、いろいろ在りますが。

ののはきょう、2370gになりました、
あと、目安の2500gまで、・・130g。

「ふとんわたいと」は只今9回目のフシヅケ中。
そろそろ、一回目の沼ヅケの準備をしないといけない。

明日は天気ですね。近いうちに
八雲にも行かないといけないんですけどね。
ま、天気を見ながらですね。
今日も、気になってくれてありがとうです。


posted by 豆 at 23:11| 島根 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

イノシシ

二日ほど前の朝、家の人が出かける前に車を使って
お米の精米と、支所で何だったかの支払いをして戻ると。
「石橋さんから電話があって、イノシシ要るかなって聞かれたから
・・・たぶん、要るっていうと思いますよって答えといた。」と。
で、お昼くらいに電話くれるって言ってたよ、と。
ほぉ。獲れたんだ、イノシシ。
この時にはまだ、数時間後に
イノシシの解体を自分がすることになるとは知らず・・・・。

実は前から、冬場以外のイノシシも時々、駆除ということで捕るんだけれど
脂がのっていなくて人気もなく肉としての需要がないが、
もしなにか工夫して商品開発するということなら、
最初に色いろ試してみる分の肉は提供するよ、・・と。いわれていたのだった。

お昼何を食べようかと考え出したころ、電話が入り行くことに。
電話では、二頭取れたそうで、雌が30k、雄が40k位。
僕に雄の方をくれるという。
ただ、解体を手伝うという条件で。
「はい。」といったものの、その「はい」という言葉によって
その先に何が待っているのかは分かってはいませんでしたけど。

いちよ写真は撮っています。撮ってますが、どこまでお見せしたものか。
既に血抜きは終わって、二頭がワイヤーでぶら下ってました。
何枚か撮ったのですが、この位のにしておきましょう。
どうやらまだ若い夫婦のようですが。畑を荒らしていたそうです。
それで、駆除の声が掛かって罠を仕掛けたそうなんです。

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一度に、一人で二頭を解体するのは、寒い冬ならともかく
ま、体力的にもキツイから、自分がやっている隣で、
見よう見まね、自分の分を自分でやってくれ。
話の流れは、そんな方向へと、
もはや止めようもなく進んでいったのでした。
そういう時、流れに逆らわないことにしています。

いや、いまちょっと画像をお見せしたものか迷ってしまってます。
どこまでいいんでしょうね。
家の人はそれほどでもないよとはいってるんですが、
分かりませんからね。
ただこういう時ブログって悲しいのは、
ここで、イノシシを解体してる生々しい画像を載せると、
前回のののの画像とぶつかるんですよね。
それはちょっと、止めときたい。
なので、画像は後日お見せしたいと思います。

皮を剥ぎ、骨と肉を切り分けること死闘2時間。
草臥れました、が、石橋さんからは、
「あんたは、こういうときのあんたは、ホンマに天性の才能やな」
とのほめ言葉を頂きました。

あぁ、いま更新してしまいましたが、

のののことを書こうと思っていたのを、忘れておりました。
一気に50g増えた翌日は、増減ゼロだったそうです。
そしてその次の日がプラス5g。なぜなのかは分かりません。
担当医でさえが首をかしげるところですから。
家の人は、毎日、乳を搾っては冷凍して持って行ってます。
毎日往復2時間。・・・・慣れたそうです。
それに、朝出掛けていくときの様子が
どことなくウキウキしているな、というのも伝わってます。
ののに会いに行くわけですから。
問題は、帰ってきたときです。
言葉少なに、ため息をつくのも、しばしばです。
今日戻ってきたときは、ちょっと嬉しげでした。
やっと、出生体重に並んだそうです。・・・・2310g。
いちよ、目安としては後190gですから・・・・

10月に入りました。お店の再開をどうするかとか、
そろそろ、マジモードで考え始めてます。
今日も、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:58| 島根 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月28日

のののことなど。

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この画像は、恐らく1週間位前のものです。
家の人がデジカメで撮ってきてくれました。
これを見て、なぜだか、楳図かずおのマンガに出てくる
こども達の顔が連想されました。
可愛いですけれど、やつれた顔してますね。
でも、・・・・可愛い。

きょう、検査の結果や今後のことなどについて
担当医の方からお話を聞けるというので行ってきました。
まず、ののの心不全の状態を表す値が手術前の検査では
4600という数字だったものが15まで回復した。
この数字が20以下であれば普通の人の状態とのことです。
ということは、手術前のののがどれほど危険な状態で
あったかということが分かり、ホッとします。

手術した動脈菅が完全には閉じられなかったということと
もう一つの心房中隔欠損の方も、腫れがひいて小さくなったものの
いぜん、穴は空いているが、それでも血圧は充分な値まで
上がっているので、心臓の方についてうんぬんは
いまのところ、優先順位的には随分と低いものになったそうです。
いまの問題は、とにかく、ののの体重を上げることということになリます。
目標は2500gということで、
そのあたりが、退院の目安になるようです。
ところがこの体重がなかなか増えてくれないんですね。

少しづつは増えているんですが、どうも、目論みというか
このくらいは増えてくれると見通しが立つのにな
という数字には、少し及ばないそうなんです。
いろいろと原因は考えられるようです。
検査なども一通りはやっているそうで、結果も悪いものじゃないそうなんです
ただ、気がかりなことがあるにはあるそうで、それを確かめるために、
更に、幾つか検査をしたいというので、了解しました。

明るいニュースも有ります。
今日のののの体重が2280gあったそうです。
これは前日から一気に50gのアップなのだそうで、
これまで、一日に5gとか10gとか15gとかのペースで増えていて、
しかも時にはマイナスになったりもしていたんだそうですから
この一気に50gは、もの凄いサプライズなわけです。
この勢いが続けば、一週間もすれば退院も夢でない感じです。
体重だけのことで言えばですが。

ののは乳を飲むのが上手じゃないんです。
ま、無理もなくて、生まれてからずーときつくて
息するのも大変で、たいていは、哺乳瓶から飲む力がなくて
鼻や口から細いチューブで胃に直接乳を入れられるようなことでしたから
ましてや乳首にかぶりついて母乳を直接となると更に難しいのだそうです。
最近はそれでも、随分と飲めるようになったみたいですが、
まず退院するためには、チューブにバイバイしないといけないんです。
他にも幾つかあるんですけれどね。
ま、一つずつクリアしていくしかないです。
まずは自分の力だけで乳を飲めるようになること。
そしたら自然と体重も増えているでしょう。
もう少し。もう少し。

この間、扁桃腺を腫らしてたおれてから、
回復するのに一週間ほど掛かりましたが、
そのあと、ユージンが風をい引いて保育園を休んだりと
いろいろと、いろんなことがストップしたりしてました。
それでも、禁煙はつづいておりますよ。
恐らく、上手くいくでしょう。その決心ですから。
それと、「ふとんわたいと」の黒染めをはじめました。
そうだ、金築さんが見たいっていってましたね。
どうぞどうぞ、いつでも。

スダジイの皮を7時間程煮込んで煎汁を作る。

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糸を煎汁(フシヅケ)に一晩漬け込む。

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あくる日干す。

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糸が乾いたら夕方新しい染液に漬け込む。
そしてあくる日干す、を繰り返す。
今日、七回目の漬け込みをしています。
色も随分と濃くなってます。
いちよ、十回を目安で一度媒染します。
媒染は三瓶山の中腹にあるという鉄分の多そうな
沼の泥(沼ヅケ)を使う予定です。
やってみないとどんな色になるのか分からない。
ま、それもちょっと楽しみです。
沼ヅケの後、更にフシヅケを5回繰り返し、
二回目の沼ヅケをし、さらに数回フシヅケして
最後の沼ヅケで仕上げる予定。
数回のフシヅケが何回になるかは、
やってみて、色を見ながら決めることになります。
三瓶の沼の泥がどんな色にしてくれるのか、
ちょっと、ドキドキですね。

更新がちょっと空いてしまいました。
今日も来ていただいて、ありがとうございます。


posted by 豆 at 23:58| 島根 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

禁煙10日目。

いよいよ、禁煙10日目に入っちゃいました。
ニコチン依存による離脱症状(所謂、禁断症状)は
一般には、禁煙開始後三日以内がピークらしいんだけど、
その三日間、ぼくは熱出して寝てたので、
強い禁断症状というものを味合わずにすんだようだ。
ただ、39度以上の高熱で布団の上をゴロゴロ
転がりながら、へたれていってましたから、
どっちが楽だったかは分かりませんけどね。

完全に体内からニコチンが抜けるには三週間くらい掛かるようです。
実際に今でもタバコを吸いたいと思う瞬間が一日に何度もあります。
抑えられる程度の欲望としてですけれど、
それでも抑える度に、一日一日、ニコチンが抜けていってる
んだと思えるので、その感覚は気持ちがいいです。
禁煙を始めてから今のところ、悪いと思うことは何もないですね。
寝起きもいい気がします。
それとGパンの尻ポケットの千円札が
何日も無くならないまま在るというのも気分がいい。
家の人にも、臭くないって言われましたしね。
どうなんでしょう?
二ヶ月くらいが禁煙の目途になるんでしょうか。

糸井重里氏が自身の禁煙の経験を綴った
「糸井重里のはだかの禁煙日記」というものを
ネットで購入した。興味深くも面白く読めるので、
禁煙読本として使わせてもらうことにする。
多いときで日に80本、禁煙に成功した三回目が
55才の時ということなので、ぼくと
ほぼ同じクラスのヘビーユーザーということになる。
吸っていた銘柄は、どうやらロングピースのようで、
ぼくが、ゴールデンバット。
ニコチン中毒という点では、ぼくの方が若干深刻かも。
読んでいると結構大変だったようなので、
ぼくにもこれから色いろ大変なことが待ってるのかもしれない。
ま、覚悟はしてます。

ネットで調べると、俗にニコチン中毒などと
云われる状態はニコチン依存症と言う精神疾患である。
そこまで言うかと思うくらい、ニコチンの麻薬性はかなりのもんです。
そしてぼくは、ニコチン依存症と言う精神に疾患を抱えた者というわけだす。

「ニコチンは、神経伝達物質であるアセチルコリンに分子構造が類似し、ニコチン性アセチルコリン受容体(レセプターとも)に作用することで、中枢神経のドパミン神経系、特に脳内報酬系を活性化する。そのため、摂取後に一時的に快の感覚や覚醒作用を得られる。このような報酬系を介した薬理作用は、覚醒剤など依存性を有する他の薬物と共通である。ニコチン摂取を続けると、ニコチン受容体がダウンレギュレーション(受容体の数が減ること)を起こし、ニコチンを外部から摂取しないと神経伝達が低下した状態となる。自覚的には不安症状やイライラ感など不愉快な気分を生じる。」

使用人口に対する依存症になった人の割合(1999年)
依存薬物         身体依存
タバコ            32%
ヘロイン           23%
コカイン           17%
アルコール         15%
抗不安剤(鎮痛剤や睡眠剤を含む)9%
大麻             9%

アメリカ国立薬物乱用研究所(NIDA)の評価(1994年) 最大:6  最小:1
依存薬物    依存性  禁断性  耐性  切望感  陶酔性
ニコチン      6     4     5    3    2
ヘロイン      5     5     6    5    5
コカイン      4     3     3    6    4
アルコール    3     6     4    4    6
カフェイン     2     2     2    1    1
大麻        1     1     1    2    3

面白いでしょう。依存薬物としてのタバコの身体依存は
他の薬物を引き離し断トツの一位。大麻が最下位。
依存薬物としてもニコチンが最高の6で、大麻は最低の1。
にもかかわらずタバコは合法で、大麻は違法。
このデータを見る限り、どんな理由でタバコが合法で、
大麻が非合法なのか分かりくい、というか分からない。
いつかこのねじれが正される日が来るのかもしれない。
その時そのとき、時代によって「正しさ」というものも変わってきたので。
あんまり声高に叫ばない方がいいように思います。

さて、ちょっと早いですけれど、おはようございます。
今日も、来てくれてありがとう。
おはようといいながら、ぼくは、これから眠ります。・・おやすみ。


posted by 豆 at 03:15| 島根 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

扁桃腺腫れました。

子どもの頃は、扁桃腺が腫れて熱っぽかったりすると
保健室に行って、口を大きくあ〜んて開けてるうちに
小さく丸めた脱脂綿にクレオソートを含ませて
さっと患部にひと塗り、なんて話をすると、
ああ、昔はね、今はそんな荒っぽいやりかたはしてませんよ。と。

滅多に保険証は使わないんですが
前回使ったのは花粉症で、その前はというと
なかなか出てこないくらいに、
僕自身は、病院とはあまり縁がない方ですが
今日、行って来ました。
丸々二日間39度を超える高熱と咳で寝込んでました。
念のためにといってやった血液検査の結果が悪かったらしく、
このまま帰すわけには遺憾ということになり、
ま、生まれて初めてなんですけれど、点滴を受けました。
針が刺すときも痛かったんですけれど、
途中もね、なんかちょっと微妙な感じで、
点滴が終わって、針をはずした後も暫く痛くて、
ああ、ののの身体はちっちゃいのに色んなもの繋がれてたんだなと思う。

家の人の話では、昨日、ののはそういった
色んなものは外されて服を着せてもらってたそうです。
考えてみると生まれてこのかた、ひと月近く
ののはずうっと裸でした。オムツはしてますけれどね。
そのことを思うと、ほんとにやっとなんとかひと息つけるところまで辿りついた。
ちょっと、書いてて、あいてて、自分でうるって来てしまった。


ここまでの痛み方は、大人になってからは、
ちょっと初めての経験かなあ。
普段、いやもうとにかく、50ですからとかいいながらも、
その実、裏腹で40代くらいのイメージでやっていて、
でも、55歳になる生身の僕には、ちょっとそのギャップは
おおきかった、ということなんすかね。
少し修正しないといけないみたいです。
子どもの頃なら色いろありましたけれどね。
書き出すと逸脱が過ぎるので、詳しく書きませんけどね。
あれは確か小4の夏だったかな。
この時は一週間以上寝込んだですよ。
僕の自分史の中ではかなりの大事でした。
だって、遺書書きましたから、小4の癖に情感たっぷりで、
書き上げてから、ひとり街に出ましたもん。
当時どんなすり込みがあったのか分かりませんけれど
死ぬときには誰にも迷惑かけんみたいな、
ひとり街を彷徨いながら朽ち果てるみたいな。
で、小4が街で死に切れずに家に戻ってからが
ひと騒動でしたけれど、ま、今となっては、
結構好きな記憶の一つになっておりますね。

このブログ、実は昨日病院から戻って来てから
書き始めたんですけれど、流石に昨日は直ぐにダウンしてしまった。
今熱測ったら38度5分でした。
ちょっと楽になりましたね。薬は一日四回分飲むように出されてます。
医師が言うには、あんたの身体は一日三回じゃ
間に合わんくらい痛んでるっていうですね。
昨日はなんとなく薬は食前でも食後でも
一日三回てという頭があった所為か寝る前の分を忘れてしまってました。
今日はちゃんと飲みます。

ちょっと、休憩しよっと。
そろそろ、夕飯食って薬を飲む時間だしね。
そうだ、うがい薬もあった、イソジンカーグル液といいますけど
自分で希釈して使うんですけどね、この味はと思ったら
これ歯医者さんでも使われてますね。同じ味がした。
家の人とユージンはののに会いに出雲です。
性格にはののに会えるのは家の人だけなんですけれど。
ののの居るのはNICU(新生児集中管理室)なのでユージン位の子どもは
入れないんです。病院でジージとバーバが
ユージンを見てくれる手筈のようです。
ま、とにかく留守なので、これを書いていられるという訳です。
更新したら、バレますけれどね。
今日は暑かったですしねさっき生ビールを 
グビッて飲みたいなと思ってしまいましたが。
味覚が少し戻った所為でしょうか。
味が感じられるということは、それだけで幸せなことですね。
味覚って、ほんとうに素晴らしいもんです。

僕は結構なベビーなスモーカーです。
十代の後半くらいから今までずうっとヘビーなスモーカーだったのですよ。
一日三箱から四箱、ま、それも、この20年位は「ゴールデンバット」一筋です。
なんといっても今では日本で一番安いタバコなのでね。
数が吸えるというわけです。
その前は「朝日」という味わいの深いタバコもありましたけどね。
まあけっこう喉に来るやつでしたけれど。
ま、それは、いいとして。
タバコ吸わない方にはどうでもいいことですしね。
そんなこと分かってるんですけど、
あの、「ゲルベゾルテ」て、いうドイツタバコもありました。
あれは実にいいタバコでしたけど、発がん性物質があるという理由で
発売中止になりました。あれはほんとうに、
パッケージから何から何までもが、王者でしたね。
僕はほんとうに、残念でした。
あのタバコが作られ無くなったことが。
ま、それも、いいとして。

この一年くらいはタバコを減らしてました、
ま、一日二箱ぐらいで収まるようにはしようかなって感じでした。
タバコの値上がりも大きいですね。
50過ぎてから子ども二人も育てることになったでしょ。
どうなのよって、自分に問いかけてみたくなるじゃないですか。
ぼんやりとでっすけど、ののの出産にあわせて止めようかなとは思ってました。
家の人も喜ぶに違いないしね。ま、一年間でタバコに消えていく
お金も、安いバットとはいえ相当な金額になりますしね。
よし!なんて思ってましたけど、ののが生まれたときも吸ってました。
なかなか簡単にはいかない、長ーく続けてきた習慣ですから。
出雲の病院に移って手術という話になり、とにかく七,八枚の
同意書にサインして判子を押して食堂で待っている時間に、
やはり手術のゆくへが心配で苦しくなってきました。
とにかく目を瞑って祈ることしかできないんですけれど。
とにかく禁煙しますから、手術の神様が、もしいてくれるんなら、
ののを助けて下さいって。
頭の中でですけどね、言いました。
実は、手術の後も吸ってました。
勿論止めるつもりではおりました。
ただ、どのタイミングかな、タイミングを考えてた。
止めるんだけど、いまこのタイミングじゃないなみたいな。

で、今回熱出して倒れてから四日目ですけど、
タバコ吸ってないんですね。
本気で思ってるわけじゃないですけどね、
誰かがね、約束の「禁煙」を「取り」に来たんじゃないかって。 
ま、そんな風に思ったんです。

ニコチンは三日でほぼ抜けるらしいです。
いがいですけど、その後は気持ちの問題だそうです。
実は、いま禁煙できそうな気になってます。
なんといっても今回は「禁煙」を「取り」に来ている
多分ヒトじゃないと思いますけど、いますしね。
ぼく自身も、結構、本気で止めようと思ってるみたいです。

とりあえず、おこがましいですが禁煙四日目です。


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近々のののです。たぶん昨日でしょう
顔が少し変わったでしょ。
腎臓の働きが悪くて浮腫んでたそうです。
手術後の経過も割りと良く、腎臓の働きがよくなるにつれ、
むくみが取れてきたみたいです。目は一重のようですけど、
結構ぱちりしてますし。ユージン同様まつ毛も長そうだし。
誰に似てるんだろうね、ってはなしてます。
浮腫んでた頃は僕に似てたんですけどね、
家の人ってことでもないんですよ。
ののは、ユージン似かねというと、まんざらでもなさげでした。
頼むよう、ユージン兄ちゃん。

よかった、更新できた。
覗きに来てくれてありがとうございます。


posted by 豆 at 23:24| 島根 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

ちょっと、自慢話になったかも・・・・。

13日に家の人が突然破水してからというもの
ずうっと、のののことばかりになってしまってます。
その中に少しユージンのことなんかもあったりして、
このひと月ほどは、ほとんど家族ネタでブログが埋まってるんですけど、
まあ、仕方無いといえば仕方が無いですよね。
こういう展開になって、とにかく他のことは置いてでも
向き合わないで、逃れられるなんてこともないわけですしね。
それでも、何とか手術が上手くいってくれて、
家につれて帰れるには、まだまだ先になるでしょうが、
ホッとひと息つける状況へと辿りつけただけでも・・・・ありがたいと。
そんな中で、これから先の『チーナカ豆』のことも
そろそろ、少しづつでも考えたり動いたりしていかなければなりまへん。

『チーナカ豆』の再開は10月ということになってます。
そのつもりでおりますが、その場合、考えるまでもなく
シェフである、家の人の完全復帰は、まず無理でしょう。
となると、どこからかシェフを引っぱって来るのでなければ、
残る駒は、どこか頼りなげですけれど、
これを書いてる「やつ」ということになります。
ねぇ、いろいろと、大変そうでしょ。・・・・人事じゃないんですけどさぁ。
まあでも、あんまり硬く考えないでやった方がいいかなぁ
もともと、たいした「やつ」じゃないんですしね。
たいしたことのないやつがやってる、たいしたことない店ですけど、
思いついたことを、精一杯、尻込みせずにやって、
2年後、3年ごもつぶれずに在り続けられたら
今よりも楽しい『チーナカ豆』になってるかも。
そうでなければ、無くなってるでしょうしね。
なんて、考えたりすると、実は、こころが軽くなってきます。

お店は現在、産休中ですけど「ピザが食べたい」という
問い合わせの電話が入ったりします。時々ですけどね。
やはり、ランチのメニューの中で石窯ピザは人気があります。
ま、美味しいですよね。
石窯の焚き方も、随分、慣れてきてますけどね。
八雲時代に比べると。安定して或るレベル以上のピザを
コンスタントに焼けるようになったと思ってます。
ただ、白状しますが、その日その日の窯の状態やなにやらで、
やっぱり、多少のムラはありますね。でも、美味しいんですよ。
でもね、時々、こ・れ・は、とてつもないなぁ、この美味しさ・わぁ。
この美味しさときたら、いったい、どうしろと・・・・。
実は、白状しますけど、そんなピザの日もあります。
随分と過ごしやすい気候になってきましたよね。
夜中は涼しいのを通り越して、掛け布団が外れてると
寒いくらいの時もあります。・・・・もう直ぐですね。
石窯を焚く日も近づいていますよ。

もう一つ、ランチメニューでカレーの日があります。
南インド風のココナッツのチキンカレーなんですけどね。
前々からちょいと自信のあるカレーなんでございます。
実はこの間、その自信に輪を掛けて天狗になって
輪投げができてしまいそうな出来事があったのでございますよ。
それは、家の人が突然破水した13日、実はお客さんがありました。
松江に住む友人から電話で、外国人の友達が遊びに来ていて
もし良かったら、築140年の日本の古い建物を見せてやりたい。
さらに可能なら、お昼も用意して。という内容。
ああ、それはぜひぜひ、なんて応えて、まぁ、スパゲティ位でいいだろう。
なんて、簡単に考えていたら、そのうちに、
その外国人の方が、南インド出身ということが分かり。
えっ、南インド?そりゃいかん、スパゲティていう訳にいかんだろ。
なんといったって、うちには、
南インドの、ココナッツの、チキンの、カレーがあるんだから。
それを食べてもらわんわけにいかんでしょう。となりました。

resize1196.jpg

インドの人に食べてもらうのは初めてだったから、
ちょびっと、どうかなぁとか思いながらも、
元気よく、にこやかに、どうぞう。
するとカレーを見たとたん、へぇーと、狐に摘まれたような顔。
南インドのカレーです。というと。
そうそう、これ、そう。まったく、そう。
なんで、これが、・・・・レシピは?
えーとね、ネットで見つけたの、と応える。
とにかくスプーンですくって口に放り込む。
これは、見た目もまったく。そうだが、味もまったく、そう。
このカレーは、南インドの僕の育った家でも良く食べたし、
実は僕も作るんだよ、でもこれは、
僕が作るものより美味しい。・・・・驚きだ。

resize1197.jpg

はは、どんなもんです。
でも、うちのカレーは美味しいのよ。という、
もともと控え目な自信は胸に秘めてはいたんですけれど。
これで、天狗になりなりましたね。・・・・きっと。

今回は、自慢話になってしまいました、お許しを。
今日も来てくれてありがとう。


posted by 豆 at 05:28| 島根 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

手術の同意書

一時は危険な状態にあったようですが、
手術後、経過は順調で、とりあえず、危機を脱しました。
日にちを追うごとに、チューブやなにやら
のの身体にくっついていた色んなものが外されています。
2000gまで落ちていた体重も、徐々にですが上がって来ています。
体の色艶も良くなって、看護師さんの話では
お腹がすくと、よく泣くそうです。

毎日の宅野と出雲の往復が流石に大変で、
出雲の親戚宅で泊めていただけることになり、
三日ほど、ゆっくりと、ののの会う時間を持つことができました。
ほんとうに、ありがとうございました。
手打ち蕎麦も頂けて、久しぶりの手打ち蕎麦でした。
・・・・美味しかった。

ところで、昨日家の人から聞いたんですけれど、
ののが転院するときに中央病院が用意して来た保育器は
ちょっと、高級なやつだったそうです。
何が高級かというと、保育器から移さずに
そのまま手術ができるように設計されたものらしく、
話では、車一台買える位の値段だそうです。
体重なんかも、そのまま量れる優れものなんですって。
この保育器を選んだのは、初めから手術をする
と決めていたということらしいです。

僕らも、その覚悟は出来ていたものです。
ただ、初めての経験だったんですけれど、
手術に際しての同意書というものがあるんですね。
手術を担当する医師の説明を聞きながら
なんか、こんなシーン、テレビドラマであったよなあ
と思いながら、手術に伴う危険性のくくだりの部分で
ええっ、そんなにいっぱい危険なの。
ちょっと鳩尾のところが、うっ、てなりましたよ。
経験のない人のために載せておきましょう。

説明・同意書

私は、患者さん和山のの様、または代理人()様に対して、下記手術・麻酔の
必要性、危険性、および合併症について、次のように説明いたしました。

手術検査等の名称
説明内容の要点
動脈管結紮術

病名は動脈管開存,肺高血圧症です。

通常,動脈管は生後2-3週間以内に自然閉鎖しますが,これが閉鎖せず,大動脈から肺動脈へ大量の血流が流れたままとなっています・また、心房中隔欠損も合併し、そのため,現在肺高血圧症となっていますが,このまま放置すると,心不全,呼吸不全,腎不全などのため死亡してしまいます・治療としては,カテーテルによる,コイル閉鎖と外科手術がありますが,ののさんの場合,コイル閉鎖が難しく,外科的手術(動脈管結紮術)が勧められます・手術は全身麻酔下に、左開胸し(左第3・4肋骨間),動脈管を3重結紮します・手術時間は2時間以内です・
手術に伴う危険性・合併症としては、
@出血。輸血,(大量出血の場合,死亡することもありうる)・A肺の圧迫操作による無気肺,喀疲貯留に起因する肺炎,肺損傷による気胸など・B左反回神経麻陣(声のかすれ),左横隔神経麻痙(呼吸困難)・C乳廃胸,D感染症・E肺高血圧残存・動脈管の再開通・F麻酔(薬剤)に伴ぅ合併症,副作用・Gその他,
予想できない偶発症・手術を行う以上ある程度の危険性は伴いますが(手術死亡率通常は1%以下)、手術の必要性・内容につきご理解いただき、ご同意いただければと存じます。

平成2 3午8月31日説明医師心臓血管外科□□□□

どうです、結構でしょ。
これを読んだら、ちょっとたじろぎますでしょ。
かといって、他に選択の余地が無いことも分かっているわけです。
親としての今の気持ちを話し、
宜しくお願いします。と言いました。
ほんとうに、祈って、信じるしかない。
信じて祈るしかないんだなと思いました。

二日ほどののに会いに行くのをお休みしました。
明日はまた、会いに行くんですけれどね。
昨日は家の人の産後一ヶ月の検診もありました。
母親の方も、順調に元の身体に戻りつつあるようです。
ただ、搾りだせる母乳の量が徐々に減ってきていて、
その分、子宮の収縮が遅いそうです。
ののに吸ってもらうのが一番なんでしょうが、
手で絞るというのも限界があるようです。
ユージンはいやだって言ってますしね。
僕もちょっと、怖い気がします。から、
やはり、ののが一日も早くおっぱいを吸えるように
なるのを、待つしかないようです。
それまで、何とか踏ん張ってもらわなくてはなりません。
ずーと、3時間おきくらいに絞り続けてますから、
最近は、少し痛いらしいんですよ。・・・大変です。

9月に入って、あっという間に一週間です。
一日一日が早いです。ほんとうに一日が短い。
建物の影や、日差しの感じがもう秋ですね。
このまま、あっという間に10月になりそう。
お店は産休中ですが、そろそろいろんなことを
少しづつでも進めていかなければなりません。
今日、ぼんやりとですけれど、何を優先させるべきか考えてました。
あ、そうだ、実は『チーナカ豆』のHPの話が進み始めました。
友人で「島根動物愛護ネットワーク」を主宰している
イスコデザインの西原さんが動き出してくれました。
いよいよです。また、詳しいことをご報告しますね。
楽しみだなあ。どんなHPのなるんでしょうね。

では、きょうも来てくれて、ありがとう。


posted by 豆 at 02:48| 島根 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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